『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』43話

英語と日本語で流れるアナウンス、カートを引く音、あちこちから聞こえる声。前途を祝福するものもあれば、別れを惜しむものもある。
「本当に、大丈夫なの?」
ちはるが眉をハの字にして言う。
「大丈夫だよ……、って言っても、ちょっと心配だけど。でも、父さんも母さんも、近くにいるし」
「近くったって、ちがう国じゃねえか」
僕の言葉に、なんだか怒ったような調子で、岩田くんが言った。
「お前の学校がフランスで、親父さんたち、ベルギーだろ?」
「でも、列車で六時間ぐらいだから。東京から九州行くぐらいだよ」
「やっぱり、遠いじゃねえか!」

まったく、と岩田くんがため息をついた。
「お前、ガキのときから、普段はおとなしいくせに、俺らがびっくりするようなことするんだよな。いきなり学校辞めて、菓子の勉強に行くなんて」
なんだか恥ずかしくなって、えへへ、と僕は、頭をかいた。
フランスで、お菓子作りの勉強がしたい。
電話でそう告げた僕に、最初、父さんはすごく驚いていた。
こっちにも日本人学校はあるけど、高校は日本で出ておいたほうがいいんじゃないか? お前、身体も丈夫なほうじゃないし、こっちは食べ物もこってりしてるから身体壊すんじゃないか? それに、俺らが店出すのはベルギーで、フランスじゃないんだぞ!

そんなふうに大騒ぎしていた父さんを説得してくれたのは、母さんだった。
本人がやりたいなら、いんじゃない? こういうの、早いほうがいいし。
それでも納得してなかったみたいだけど、何度も電話で話をして、手紙も書いて、そして最終的には父さんを前にお菓子を作るテストもさせられたりして、僕が留学するという希望はかなえられた。
そして父さんは歴史もあって、厳格で、そしてかなり高いレベルの技術まで習得できるパリにあるパティシエを養成する専門学校を探してくれた。僕は九月から、そこに入学する。といっても、フランス語なんかさっぱりだから七月から二カ月語学学校に通って、ともかく詰め込めるだけの言葉を詰め込むことになった。

「本当に、本当に、大丈夫?」
ちはるが泣きそうな声で言った。
「大丈夫だって……。でも、なにも学校休んでまで見送りに来てくれなくても……」
「来るよ! だって、だって、こーちゃんがそんな遠くに行っちゃうんだから……」
見ると、ちはるは声だけじゃなくて、もう瞳を潤ませている。
「僕も頑張るから、ちはるも生徒会長、頑張ってね」
「もう! なんで先に、先に……、先に言うのよ! 私が、頑張るからって言おうと思ったのに!」

ちはるは選挙の結果、見事生徒会長に当選した。真面目だし、成績優秀だし、やる気もあるし、それにルックスももちろんだけど、でもやっぱり効いたのは、選挙の演説だったと思う。
得意なことも不得意なこともあると思います。でも、ひとつでも得意なことがあったら、それをみんなで認めて、本人もそれを誇りにできるような学校、私はそんな学校にしたいと思います。そんなふうに、ちはるはみんなの前で夢を語ってみせた。
赤い顔で、ちょっと震えながら一生懸命話をするちはるに、なにも感じなかった子なんて、いなかったと思う。
「それにしても、決める前に、ひとことぐらい相談しても、いいじゃんよ」
岩田くんはまだぶつぶつ言っている。
「ごめんね」

でも。僕も、始めたかったんだ。
ここから、なにか新しく、未来につながることを。
もちろん、明日は昨日とつながっていて、未来は過去からしか生まれない。だからこそ、全部を知って、それでもノアちゃんが新しく前に踏み出したみたいに、僕も勇気を持って、一歩前に、踏み出したかった。
ちはるが泣きそうな目のまま、僕の手をぎゅっと握った。
「私も、頑張る。今度帰って来たとき、こーちゃんがびっくりするぐらい頑張る。こーちゃんに負けないぐらい、頑張る」
そうしてちはるは、柔らかく微笑んだ。
「それに、ノアちゃんにも、負けない」
「え? 負けないって……」
どういう意味? って聞こうとした僕の肩に、岩田くんが腕を回した。
「負けないは、負けないだよ!」
そして、にやっと笑った。
「俺も、お前には、負けねえぞ。近くにいるっていうのは、離れたとこにいるやつよりも、有利なんだぜ?」
「あの、えっと、なに……?」
戸惑っている僕を見て、岩田くんは、あはは、と声をあげて笑った。
「お前、ホント、鈍いよな。ま、それがこーへーの、いいとこなんだけど」
「ちょっと、なに? 教えてよ!?」

『成田発、パリ行きのNNN898便のご搭乗のお客様は……』
僕らの会話に、アナウンスが割り込んで来た。
「そろそろ、行かないと」
床に置いたカートに手を掛ける。
2人は僕を見てうなずいた。僕を信じてくれる、大事な幼馴染み。
言葉だけじゃない。きっと2人とも、本当に頑張るんだろうな。2人が僕を信じてくれるように、僕も2人を信じている。信じてくれる人がいることが、僕を支えてくれる。それは、本当に、素敵なことだ。
会えないのは寂しい。1人で外国に行くなんて、本当はすごく怖い。今すぐにでも、やっぱり止めたって、あの慣れ親しんだ家に帰りたい。
でも。
僕は前に踏み出す。どんな運命が待っていても、僕は、僕の未来に、踏み出す。
僕は二人を見てうなずいた。
そして、言った。
「行ってきます」

                                 つづく

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