綾野さんから猶予をもらって、2日目――。
朝、ちはるの家に行ったけれどやっぱり顔を見ることは出来なかった。そして学校に行って、何もないような顔をして授業を受けて、家に帰ると、
「こーへー!」
玄関を開けるなり、ノアちゃんが飛びついて来た。
「な、なに!? ど、ど、どうしたの!?」
「あかねお姉ちゃんが……」
僕を見上げるノアちゃんの大きな瞳は、潤んでいた。
「あかねさんが……?」
あかねさんが撃たれて入院してから、そろそろ十日になる。前に、意識を失ってから十日経って戻らない場合、それはかなり危険な状態で最悪の事態を覚悟しなければいけないっていう話を聞いたことがあった。脳死、植物状態、尊厳死……。
嫌な言葉で頭が一杯になったとき、ノアちゃんが言った。
「今、さっき、目を覚ましたって……!」
一瞬、言葉が頭の中を素通りした。
「目を……、覚ました……」
そしてようやく、言葉の意味を理解したとき、ノアちゃんが大声を上げた。
「もう、もう心配ないって! 大丈夫だって!」
「本当に……?」
心配ない。大丈夫。
「よかった……」
身体からくたくたと力が抜けて、僕はそのまま玄関のドアに寄りかかった。
よかった……!
僕はあかねさんが入院してから、一度もその姿を見たことがなかった。見るのはテレビやDVDの映像だけで、ノアちゃんのつらそうな顔を見て、その容体を想像するしかなかった。そして、想像はどんどん悪いほうに傾いていた。
「もう……! あんな遺言みたいなもの送ってきて……!」
なんだか気持ちよく騙されたような爽快な気分すらこみあげてきた。
そうだよ。あんなめちゃくちゃでいい加減で、でも太陽みたいに明るい人が、死んだりするはず、ないんだ。
僕は本当に心の底からほっとして、そしてようやく気が付いた。
細い腕は僕の首に掛かって、僕の腕は腰に回されていて、そしてノアちゃんの顔が、鼻と鼻がくっつきそうなぐらいの、目の前にあった。
「……!」
僕と目があってノアちゃんも気が付いたのか、あわてたように、ぴょん! と僕から飛び降りる。
「ノ、ノアはこれから、お見舞いに行きます。師匠も、一緒に行きますか?」
そっぽを向いたノアちゃんの顔が、ちょっとだけ赤くなっている。
「う、うん……」
僕も負けず劣らず顔を熱くしながら、ちょっとそっぽを向いて、答えた。
「じゃあ、行きましょう。もうすぐ、ソサエティの車が来ますので」
ノアちゃんはもごもごと言うと、僕を押しのけるように玄関の外に出た。
つづく