『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』32話

翌日はびっくりするような快晴だった。
朝、久しぶりの学校に行くために家を出て空を見上げた僕は、思わず大きく息を吐いた。
空なんか、しばらく見てなかった気がする。っていうか、こんなふうに不思議な気持ちで空を見上げたのは、生まれて初めてかも知れない。
空はこんなにも晴れて、透き通っていて、美しくて、見ているだけでなにかいいものが心に染み透っていくようなのに、見上げる人が誰でも、そう思うわけじゃない。心に重いものや、苦しみを抱えて、空を見上げている人もいる。それでもこんなふうに、空はきれいなままだ。

僕はちょっとだけためらってから、よし、と気合いを入れて、家の前の道路を渡る。
玄関で呼び鈴を押すと、はーい! と高い声がして、ドアが開いた。
「あらあ!! どしたの!! 浩平が迎えに来るなんて珍しいじゃない!?」
「あの、おはよう、ございます……」
「優に聞いたけど、おたふく風邪で寝込んでたんだって? ちょっと、大丈夫なの、あんた? 熱とか痛いのとか、平気?」
「あ、えと、まあまあ……」
朝からテンションの高い奈々さんにたじたじとなりながら、答えた。
岩田くん、僕が家にいないことをそんなふうに言ってたのか……。
僕と連絡が取れなくて、岩田くんからは何通もメールが来ていた。家にも何度も来てくれたらしくて、すごく心配しているのが、文面から伝わって来た。さすがに申し訳なくて、岩田くんには昨日のうちにメールをしておいたのだけど、返事はなかった。
「それで、ちはるは……?」

僕が尋ねると、奈々さんはほんの少しだけ困った顔になった。
「う~ん……」
あの事件から、ちはるもずっと学校を休んでいたらしいということも、岩田くんのメールに書いてあった。結局、犯人はあの境内で逮捕されて、ちはるが襲われて髪を切られたということは誰も知らないから、ちはるも学校には、風邪を引いたって言っているらしい。
「まだちょっと怖いみたいでね……。表どころか、部屋からも、出てこなくて……」
「そう、なんですか……」
その話は知っていたけれど、でも奈々さんの口から告げられると、やっぱりショックだった。
「会えますか……?」
「部屋に、入れてくれないのよね、あの子……」
そう言ったあと、また少し迷ってから、奈々さんは何かを決断するように、うん、と小さく頷いた。
「部屋の外からでもいい? たぶん、浩平の声聞いたら喜ぶと思うし」
さ、上がってよ。
そう言う奈々さんに促されて、僕は玄関に上がって、2階へ続く階段を昇った。

子供の頃からしょっちゅう遊びに来ているから、間取りは良く分かっている。僕は廊下を進んで、一番奥にある、ちはるの部屋の扉を軽くノックした。
「ちはる……、起きてる?」
呼びかけても、返事はなかった。もしかして、まだ眠ってるのかな……。もう一度ノックしようと叩きかけたとき、扉の向こうで何かが動く、気配がした。
「ちはる……?」
僕が問いかけても、ドアの向こうからは沈黙しか帰ってこないけれど、でも、ちはるが目を覚まして、僕の声を聞いていることはなぜだかわかった。
「あの……」
でも、続いて開きかけた僕の口は言葉を失ってしまう。
なんて、声を掛けたらいい?
大丈夫? 大丈夫なはずなんてない。
具合悪い? 悪いに決まってる?
学校一緒に行かない? 行けるわけがない。
岩田くんから話を聞いて心配でここまでやって来たのはいいけれど、でもなにも言えなくなってしまうなんて、どこまで役立たずなんだ、僕は。

「……ごめん」
それで結局僕の口から出てきたのは、そんな言葉だった。
「僕が、もうちょっと早くあそこに行ってたら……」
ちはるに怖い思いをさせないで済んだのに。
僕がちゃんと、自分の能力を使えていたなら、ちはるが神社に行く前に止められたかもしれない。
ソサエティの人は、私たちの大事にしているものを守る手伝いなんか、してくれませんよ?
ソサエティは私たちを利用しているだけ。
守りたいものがあるなら、守る力があるなら、大事な人は自分で守るしかないんです。
耳の奥に蘇った綾野さんの言葉が、胸を鋭く刺し貫く。
「……また、来るね」
それしか言えなくて、僕は逃げるようにドアの前から離れた。 

                                 つづく

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