洋館に来て、3日が過ぎていた。
車に乗っている間は五十嵐さんの話に夢中になっていたし、それに外も暗かったから分からなかったけれど、ここは随分、都会から離れた場所にあるらしい。周囲は森に囲まれて、少し開けた場所に出ても、広がっているのは一面、常緑樹に覆われたなだらかな山の景色ばかりだった。そんな場所だから、歩いて行ける範囲には、コンビニどころか、人の住んでいる気配すらない。でも、それほど不便なことはなかった。
三角の特徴的な屋根をしたこの建物は古かったけれど電気も水道もガスもきちんと使えたし、清潔だった。どういう人が住んでいたのか分からないけれど、屋敷のあちこちには古い外国語で書かれた本や、重厚なゲーム盤、古い知恵の輪といったものが置かれていて、外国の昔の映画で見た、お屋敷の休憩室といったムードだった。
食べ物や飲み物は毎日、夕方になると車で無口でがっちりとした体格のおじいさんが運んで来てくれる。でもおじいさんは一言も口をきかなかった。一度、ここはどこですかと尋ねたけれど、おじいさんは黙って岩のような顔を左右に振るだけだった。
電話も引いてあるけれどどこからも掛かっては来ないし、僕は携帯を家に置きっぱなしにしていたし、心配していたように、ソサエティの追手がやってくることもなく、まるで世界から切り離されたように静かな時間だった。
でも、ここに来てから、ノアちゃんとあまり話をしていない。
その責任は、たぶん僕にあるのだと思う。
ノアちゃんはテレビを見たり、ときどきパソコンをいじったり、そしてトレーニングと言って出かけたりして、ほとんど家にいるときと同じように過ごしていたし、ときどき、「師匠はお菓子を作らないのかなー」などと聞えよがしに言ってみたりしていたけれど、でも僕は、「ここだと道具が足りないから」とか「ちょっと具合が悪いから」とか言い訳をして、二階の小さな部屋に、ほとんど引きこもってすごしていた。
なんだか、ノアちゃんの顔をちゃんと見ることが出来なかった。
1919年の再現のために、作られた存在であるノアちゃん。そして僕も子供の頃、そのためにトラックに撥ねられて、死にかけた。
悲惨な事故の中から命を選びとり、自分たちの実験のために子供の命を危険に晒す組織。
腹話術師さんは、ソサエティのことをそんなふうに言っていた。
いくら世界を正しい方向に導くためとはいえ、そんなことをしていいはずがない。それに腹話術師さんは、今のソサエティは一部の人間のために運命を操作しているとも言っていた。
もちろん、腹話術師さんの話が、全部本当のことだとは限らない。イレギュラである僕を取り込むために、嘘を言っているのかも知れない、そう思っていた。
でも、もしかしてそうじゃないかも知れない。
腹話術師さんの言うことは、もしかしてすべて、本当のことかも知れない。
そして今、僕はソサエティに追われている。五十嵐さんは、正木さんに反対する人も多いし、もう少ししたら家に帰れるようになると言っていた。それが本当だったらいいけれど、でも必ずそうなるとも限らない。ソサエティがすごく大きな、本気になれば人間の運命ぐらい、どうとでも出来る組織だということはもう、よく分かっている。
だったらこのままずっと追われ続けたり、あるいはソサエティに捕まって、なんだか分からない実験材料にされたりするっていうことも、十分考えられるんだ。
それだけじゃなく、僕の心にはもうひとつ、引っかかっていることがあった。
ちはるの髪の毛を切った、通り魔のこと。
もしあのとき腹話術師さんが教えてくれなかったなら、僕はあの場に駆けつけることも出来ず、もしかしてちはるは、もっとひどい目にあったのかもしれない。あのとき、震えながら自分の身体を抱き締めるちはるの姿を思い出すだけで、胸が痛み、そして怒りがこみ上げてくる。
ちはるは、今どう思っているだろう。髪ぐらいで済んでよかった? 命まで取られずに良かった? そんなはずない。もしかしたら、本当に死んでいたかも知れないんだ。きっと、すごくすごく、怖かったことだろう。今でも、すごく怖いにちがいない。
命を選び取ること。
十万人の命を犠牲にして、一億人の命を救うこと。
それは本当に、正しいことなんだろうか。仕方ないことなんだろうか。もし、自分や、自分の大切な人が、捨てられる10万人の側だったら?
今まで、僕はそんなこと、考えもしなかった。
もしかしたら、一億人が助かるなら仕方ない、そう思っていたかも知れない。でも、目の前で、僕の大切な人が傷ついて、そうして、運命を知っていれば、それを止められると分かった今では、そんなふうに思えない。
もしかして、ソサエティよりも、ユニティのほうが正しいんじゃないだろうか?
一体、ノアちゃんはどう考えてるんだろう。自分がソサエティの実験のために造られた命だと知って、そして今までずっと、騙されていたのだと知って、どんなふうに感じているのだろうか。世界を正しくするために、それは仕方ないことだと? あるいは、自分はソサエティの人間だから仕方ないと?
一度、きちんと話し合わないといけないということは分かっている。きっと、ノアちゃんは僕がそういうことを、全部知っているとは思っていないだろう。だから、僕から切り出さなければいけないのだけれど、でも、僕にはその勇気がなかった。
一度、口に出してしまったら元には戻れないから。
僕は怖かった。話してしまって、二度と、ノアちゃんと元通りの関係に戻れなくなることが。 もしかしたら、道が分かれて、もうノアちゃんと一緒にいられなくなるかもしれない。
ココちゃんが言っていたという選択のときっていうのは、このことかも知れない。
そして僕はその選択をすることが出来なくて、部屋に閉じこもっているのだ。
「はあ……」
今に始まったことじゃないけれど、自分の勇気と決断力のなさには、ほとほとうんざりする。
ため息をつきながら立ち上がると、土埃で汚れた窓越しに、とことこと歩いて行くノアちゃんの姿が見えた。黒い上下を着ているところを見ると、きっといつものトレーニングにでも行くのだろう。
その姿に、またため息がもれた。
きっと、僕なんかよりずっと苦しくて辛いはずなのに、ずっと悩んでいるはずなのに。それでもきちんと、毎日トレーニングに出かけて行く。きっとそれは、役に立つとか立たないとか、そういうことではないのかも知れない。毎日毎日、きちんと過ごして行くことでノアちゃんは必死で自分を保とうとしているのかも知れない。
(僕も、何か……)
僕はようやく、ベッドから身体を起こして、部屋を出て階段を下りた。
お菓子、作ろうか……。
甘くて、暖かくて、やさしい味の、お菓子を作ること。結局それしか僕には出来ないし、それは僕がたったひとつ、出来ることだ。
材料は、なにかあっただろうか。いつも食事は缶詰やレトルトで済ませていたからきちんと確認していないけれど、薄力粉ぐらいはあるだろうか。ベーキングパウダーがあれば焼き菓子も作れるし、バニラビーンズでもあればカスタードクリームが出来るんだけど、それはさすがに無理かな……。
そんなことを考えながら、階段を下りて、ふと見遣ったテーブルの上で、目が止まった。
ぽんと置いてあるDVD。
あかねさんのだ。
近寄ってみると、ケースの中は空っぽで、中身はテレビの横に置いてあるDVDデッキの中に入っていた。
これって……。
僕がここに来たときには、確かに僕が使っている部屋に置いたような……。いや、もしかしたら、ここら辺に適当に置いたのかも……。
どうにも曖昧な記憶を探って、そしてようやく、僕は大事なことに気がついた。
ノアちゃん、これ、見た……?
確か、あかねさんはノアちゃんに見せたくないって言ってたような……。それにそもそも、途中までしか見てないけれど、あかねさんは何を伝えたかったんだ?
僕はあわててデッキの電源を入れてDVDを再生する。最初から始まる映像を早送りで飛ばして、ナースルックのあかねさんが現れたところで、画面を止めた。
『別にノアに聞かせたくないってわけじゃないんだけど、やっぱりちょっと、ショック受けるかも知れないし』
一体、あかねさんは何を伝えようとしているのだろう。もしかして、ノアちゃんが今出て行ったのはトレーニングなんかじゃなくて、これを見てショックを受けたからじゃ……。
追いかけたほうがいいのかもと腰を上げかけた僕をあかねさんの言葉が引きとめた。
『あたしと初めて会ったときのこと、覚えてる? あたしさあ、いきなりイレギュラと出くわしちゃうなんて、ノアもついてないって、言ったじゃない? あのさあ、実はあれ、嘘なんだよねえ。あたし、あのときに君とノアが出会うこと、知ってたんだ』
やっぱり……。
腹話術師さんに聞いていた話だったし、五十嵐さんの話を聞いて十中八九は真実だとは思っていたけれど、改めてあかねさんの口からそう言われて、ショックだった。
そして同時に、今まで僕が、どれほどこの、ソサエティの統括官で、ノアちゃんの上司で、中途半端に売れてるグラビアアイドルで、おっぱいが大きくて、甘い声で、ときどきわけのわからないたとえ話をして……、そんなめちゃくちゃな人のことを、どれほど信頼していたか、知った。
『びっくりしちゃったかなあ?』
びっくり、しましたよ。
あかねさんの笑顔に、僕は力なく、呟く。
『あのね、君と、ノアが出会うことは、あらかじめ計画されてたことなの。詳しいことは説明すんの面倒だから省くけど、ずっと昔も、おなじようなことがあったの。昔々、イレギュラと工作員が出会った。それがきっかけで、世界が大変なことになった。つまりその、再現をしようってわけ』
何度も耳にした話があかねさんの声で繰り返される。
やっぱり、全部、本当のことだった。
『それで、ノアは、その実験のために、昔の工作員の遺伝子を元にして生み出されたの。試験管の中でね。だから、本当はあの子、パパもママもいない。たった、一人なの。ソサエティは、ノアに色んなことを教えた。工作員として必要な知識だけじゃなくって、食べ物の好みとか、どんな人と一緒にいると、楽しいか、うれしいか、そんなことまで、刷り込んだ。前にさあ、言ったじゃない? ノア、君のそばにいると居心地いいんじゃないって。でもそれも当然よねえ。そういうところを居心地よく感じるように、ずっと育てられて来たんだから』
背中に大きな氷の柱を突っ込まれたみたいに、身体が震えた。
刷り込み? そういうふうに育てられた?
僕と一緒にいるのは任務だからっていうのもあるけれど、一緒にいるのが楽しいから、うれしいからだってずっと思っていた。
でも、それは計画されたことだった?
恐ろしさのあとに、怒りがやって来た。騙されて悔しいとか、そんなことじゃない。
だったら、ノアちゃんの存在って、なんなんだ?
そんなことする権利なんて、誰にもないはずなのに。
『もちろん、君のこともたくさん調べたらしいよお? 昔いたイレギュラ、彼と似た体形やパーソナリティ、生まれた日の太陽や月や星の配置まで、そういうことが全部一致した存在を見つけて、イレギュラとしての能力が顕在すると予想されたその日に、君のところにノアを送り込んだ。もちろんノアには内緒だけど、でも計画通り、君とノアは仲良くなった。君もノアも、お互いを信頼しているし、想い合ってる。お互いが大事な存在だと思ってる』
そう。あかねさんに言われるまでもない。相変わらず、勉強もスポーツもできない、大事な決断を前にしり込みをしている、すごく頼りなくて情けなくてどんくさい人間だけど、ノアちゃんと出会って、僕は少しだけ、変わった。友達のために飛び出すこともできる。怖くたって辛くたって、頑張って笑える。目の前の人のためなら一歩を踏み出せる。ほんの少しだけど、そんな風に僕を変えてくれたのはノアちゃんだ。
だから僕はノアちゃんを信じているし、大切に思っている。友達や家族と同じぐらい大事に思っているし。きっと、ノアちゃんも僕のことをそう思ってくれていると思う。だから僕は、ほんの少し、変われた。
僕のことを、大事に思ってくれている人が、そばにいたから。
でも、それはノアちゃんの意思じゃなかった。あらかじめ、そう刷り込まれていたにすぎない。
まるで足元が崩れて、深い深い場所に落ちて行くみたいだった。
『でもさ』
画面の中で、あかねさんが静かに口を開いた。そして、のろのろと顔を上げて、あかねさんの顔に浮かんでいたものを見たとき、はっとした。
そこにあったのは、静謐な気配に満ちた、清らかな笑顔だった。
『ねえ、なんで私がこんな面倒なことしたのか、分かる? 自分に何かあったときのために、DVD送らせるように手配したり、見るかどうかわからないDVDの一番後ろにさ、特典映像! とか言って、こんな大事な話したり、なんでか、分かる? それはさあ』
TVに出ているときはもちろん、僕らと話しているときともまるでちがった。あかねさんの顔は、観音様のようだった。
『賭けたんだよね』
賭けた……?
『あたしになんかあったときって、きっとかなーり、ややこしいことになってると思うのよねえ。たぶん、これ見てる今って、色んなひとがちょこちょこ出てきて、君とノアにちょっかいかけてきたりさ。でも、だから余計に、賭けてみよっかって思った。君がDVDを最後まで見て、今この言葉を聞くこと、その偶然に。それから、君とノアの間に、育ってきたものに』
僕とノアちゃんの間に、育って来たもの……。
『あたしね、それだけは、予定も計算もできないと思うんだ。なにをどれだけ刷り込んだって、人と人が一緒にいて生まれるものだけは、絶対、分かんない。
前に言ったことあるよね。運命なんて、わかんないって。
避けられない運命もあるけど、変えられない運命もないって。それって、そういうことだと思う。人と人の間に生まれるものは、もうどんな運命読みやスーパーコンピュータ持ち出しても、分かんないと思う。
昔、ノアって呼ばれていた工作員と、今、君の傍にいるノアは、ちがう。同じ遺伝子持ってたって、ちがう。双子が別人なのと同じこと。
さっき賭けたっていったけど、それはもしかして、イレギュラである君にも、賭けたのかも知れない。運命のバグ、ううん、バグすら許容する、運命っていうでっかいでっかいものの、可能性に。そんなわけで』
以上、あかねさんのセクシー特典映像でした!
最後はいつもの顔と声で言って、画面が暗転した。
そして僕は、ぼんやりとその、真っ暗な画面を見つめて、あかねさんの言葉を繰り返し、繰り返し、思い出していた。
人と人の間に生まれるもの。
僕とノアちゃんの間に、生まれたもの。
どれぐらい時間が経ったのだろうか。
背中に、人の気配を感じた。
「ノアちゃん……」
振り返ると、そこに、ノアちゃんが立っていた。いつもの仏頂面で、ちょっと顎をそらせて、薄い胸を張って、そこにいた。
一体、いつからいたんだろう……。
と。
「痛たたた!」
いきなり僕の前にしゃがみこんだノアちゃんが、僕の顔をシャツの袖で乱暴にぐりぐりと擦りはじめた。
「ちょ、ちょっと! 何すんの!」
あわててずりずり後ろに下がったのだけど、ノアちゃんのぐりぐりはなかなか収まらなかった。
「ノ、ノアちゃん!」
テレビのボードに頭がぶつかりそうになるぐらいに後退って、ようやくノアちゃんの攻撃が止む。
「痛いよ!」
「泣いてました」
「はい?」
「どんくさくて頼りなくてふらふらしていますけど、師匠のいいところは、泣かないことです。男の子は、泣いちゃダメです!」
「僕、泣いてた……?」
そう言われて顔に手を当てる。でも涙はもう、ノアちゃんのシャツに吸い込まれてしまったのか、そこにはなんだか熱くなった目蓋とひりひりする鼻の頭があるだけだった。
「はあ……、すみません……」
つい、いつものように謝ってしまう。
「ノアがいなくて寂しかったですか? まったく、師匠は寂しがり屋さんですか」
言いながら、ノアちゃんは膝を抱えて僕の隣に座り込んだ。
ごしごしこすられた顔は痛かったけれど、でも、久しぶりに、きちんとノアちゃんの顔を見たとたん、心に暖かいものが生まれたのが分かった。
僕と、ノアちゃんの間に生まれたもの。
それは、絆とか信頼とか共感とか、そう言ってもいい。
けれど、もしかしたら一番大事なのは、この暖かさそのものなんじゃないかって、思った。
「……僕とノアちゃんが出会ったのは偶然じゃないって、いつ分かったの?」
考えていたよりも、すらすらと言葉が出て来た。
「……師匠がアルバイトに行ったときの事件の、あとです」
ノアちゃんはちょっと驚いたような顔をしたけれど、でもやがて、ちょっとうつむいて、ぽつぽつと話し始めた。
「ノア、調べたかったけど、データベースにアクセスできなくて、それでハッキングしたです。そのときに、全部見ちゃったです」
「やっぱり、そうだったんだ……」
うん、とうなずいたきり、黙っていたノアちゃんがやがて口を開く。
「ノア、ちょっとびっくりしました」
「うん……」
「ノアのパパとママが、パパとママじゃなかったこととか、ずっと昔にいたもう一人の……、ノアの、こととか」
ノアちゃんは、一言一言、ゆっくりと、まるで自分の膝小僧に話しかけるように、続ける。
「それで、困ってしまったです。ノア、お友達もいないし、ソサエティの人も、聞いても答えてくれなくて」
そこまで言うと、急にノアちゃんは顔を上げた。
「でも、さっき、DVD、見たです。それで思い出したです。ノアの、お仕事」
「ノアちゃんの、仕事……?」
僕が言うと、ノアちゃんはこくんとうなずいた。
「ノアのお仕事は、師匠と一緒にいることです。ノアは、師匠の、お弟子さんなのです。だから、一緒にいないといけません。お姉ちゃんの言うこと聞いて、思い出しました」
「そっか……。あれ……?」
お姉ちゃん……。 確か前は、桜統括官、って呼んでなかったっけ?
そう尋ねようとしてノアちゃんの顔を見たとき、なんだか、分かった気がした。
ノアちゃんはいつものように仏頂面だったけれど、黒くて大きな目をぱっちり開いて、そこには前向きな、未来を見据えているような、とても力強い光が宿っていた。
もしかしたら、もっと子供の頃には、本当にあかねさんのこと、お姉ちゃんって呼んでいたのかもしれない。ノアちゃんが両親だと思っていた人はそうじゃなかったかも知れないけれど、でも、ちゃんと、お姉さんのような人がいたんだ。
「だから、ノアは、師匠と一緒にいるです」
「うん……」
僕はまるで、ノアちゃんの瞳の力に促されるようにうなずいた。
僕たちはソサエティに追われていて、頼れる人も少ない。腹話術師さんのユニティだって、完全に信用は出来ない。けれど、ノアちゃんと一緒にいる限り、なんとかやっていける、そんな気がした。
と、こんこん、と扉がノックされる音が聞こえた。
時計を見ると、もう、四時を回っている。いつもの、無口なおじいさんがやって来る時間だ。
「あ、僕、出るよ」
なんだか急にノアちゃんとぴったりくっついているのが恥ずかしくなって、僕は立ち上がった。
そしてドアを開いて、僕は凍りついた。
目の前に立っている男の人。いつものおじいさんじゃなかった。
その男の人は、薄く笑って、言った。
「よお、イレギュラ」
つづく