『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』21話

真っ赤な鳥居をくぐった僕の目に飛び込んできたのは、チェックのスカートからのぞく白い脚と、そこに覆いかぶさる背中だった。
「やめろ!」
自分が何をしようとしているのか分からないまま、僕はその背中に向かって突進した。その気配に気がついたのか、男が振り返って立ち上がる。右手には大きな裁ちバサミが握られている。目深に帽子をかぶってサングラスで顔を隠した男は逃げることもなく、立ち上がって、僕を威圧するようにそのハサミを突き出した。

でも僕は構うことなく、そのまま男に体当たりした。重たくて柔らかいものにぶつかった衝撃と、左の腕に熱が走る。うっと男が呻いて、そのまま数歩、左側によろけた間に、僕はちはると男の間に割り込んだ。
「ちはる!」
男ともみあったのだろうか、襟もとのリボンは歪んで制服にも顔にも、泥がついている。
「……こーちゃん?」
ちはるは泣いていた。血の気が引いた唇が震えながら小さく動く。そして、ちはるの脇にあったものを見た瞬間、頭が真っ白になった。切り落とされて地面に散らばる、髪。

なにも考えられなくなった。
気が付いたら、僕は再び男に突進していた。
自分が何をしてるのか分からなかった。身体と、脳と、心を繋いでいるものがぶつりと切れたみたいだった。
身体に何度か熱と痛みと衝撃を感じた。でもそれも夢の中の出来事みたいに、おぼろげで、視界には霞が掛かって、それが、なにか赤いもので覆われて……。
「こーへー!」
誰かにがっちりと抱きとめられたときにも、僕は怒りにまかせて、暴れ続けた。

「やめろ!」
やがて、ぼんやりとしていた視界が、ゆっくりと元に戻っていた。
それから、身体の感覚も。
いつの間にか、たくましい両腕が僕の胴に回っていた。そして強い力で引き起こされる。
「殺しちまうぞ!」
耳元で怒鳴られて、ぼんやりと、世界と焦点が結ばれる。
「……岩田くん?」
「しっかりしろよ! こーへー!」
振り返った先に、見慣れた岩田くんの顔があった。きりっとした目が見開かれて、焦ったように僕を見つめている。

「大丈夫か?」
太い眉が寄せられて、僕の身体をあちこちに、確かめるように視線を送る。
「僕は……、僕は大丈夫だけど……、でも、ちはるが……、ちはるが……」
「ちーなら……、大丈夫、じゃねえけど……」
岩田くんの視線を追う。
ちはるは神社のお堂の前の石段に座っていた。たぶん岩田くんのものだろう、肩に大きな、赤いジャケットを羽織って、そして自分を抱き締めるように両腕を身体に回している。俯いた表情は見えないけれど、かすかに震えているようだ。そして、顔の右側に掛かる髪は、不自然に、まっすぐに切り落とされていた。

「そんなことより、お前だよ! 血だらけじゃねえか!」
言われて、僕はぼんやりと自分の身体に目を遣る。ハサミで突かれたのか切られたのか、制服のあちこちは破れて、切れ目が走り、生地は血を吸って濡れている。やはり血まみれになった手とそこに握られた……、石?
そして、そのときになってようやく気がついた。
僕の目の前に倒れている男。帽子は脱げてしまって、サングラスは半分割れたまま耳に引っかかっている。
そしてその顔は、血に染まっていた。薄い頭髪にこびりついた血は半分固まっているけれど、でも口からは、まだ血が流れているのが分かる。時折、ごぼり、というように、鼻から赤い塊が噴き出す。
「僕が……?」
答える代りに、岩田くんは男の腰の辺りを蹴りつけた。小さく男が呻く。
「いいんだよ、これぐらいしてやっても」
でも、岩田くんの蹴りは、僕が見てもはっきり分かるほど、力を抜いたものだった。

                                 つづく

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