テレビの中で、巨大な塔が崩れた。
最初は建物全体が、風でたわんだように見えた。一直線だった塔がほんのわずか、右に傾ぐ。それはすぐに元に戻るように思えたけれど、でもそうはならなかった。ちょうど括弧の始まりのような形になったビルの、ちょうど真ん中の場所でほんの少しの炎と、煙が上がった。
そこからはあっという間だった。ビルのあちらこちらに、目で見えるぐらいの大きなひび割れが走る。誰かが叫んでいる声も聞こえる。塔の周りのきらきらとした朝靄のようなものは、割れた窓ガラスだろうか。
そして呆気なく、さっき炎と煙が上がった場所から、塔は真っ二つに折れた。
学校から帰宅してから、何度も見ている映像だったけれど、僕は見るたびに、身震いを覚えた。
「ご覧頂いているのは、本日発生した倒壊事故の映像です……」
テレビ画面の中でアナウンサーの女の人が原稿を読み上げている。
「倒壊したタワーマンションは全三十六世帯、九十八人が入居していました。また、倒壊した建物の破片が落下した周辺には住宅だけでなく、幼稚園や図書館などの施設もあり、大きな被害が発生しました」
「まったく、信じられない事故です」
アナウンサーの隣に座っていたおじさんが険しい顔で言う。
「直接の原因は漏れたガスに引火したことだという情報も入っていますが、違法な建材の使用や手抜き工事の疑いもあるということで、これまでこういった高層建築に対する行政の規制が不十分だったという証拠であり、今後は政府に対する責任も……」
「それにしても、死傷者がゼロだったというのは不幸中の幸いでした」
次第にヒートアップするおじさんにうんざりしたように、アナウンサーがそう締めくくった。
今日の昼間に発生したタワーマンションの倒壊事故。マンションが一棟丸ごと崩れ、コンクリートや鉄骨が降り注ぐ、そんな大惨事にもかかわらずアナウンサーの人の言うように、怪我した人も、命を失った人も、誰一人いなかった。
そしてそのニュースを聞いた瞬間に、僕はこれが腹話術師さんの言っていた「証拠」だということを直感した。
「いえねえ、商店街の福引でねえ、特賞の温泉旅行が当たって、出かけて帰ってきたらこの騒ぎでしょう? もう、びっくりしちゃって……」
「普段はとっくに園に戻っているはずの時間だったんですけど、ちょうど散歩の途中で迷い犬と会っちゃって、園児たちが興奮して、それでずいぶん、戻る時間が遅れて……」
「ちょうど買い物から帰ってマンションに入ろうとしたら、オートロックがうんともすんとも言わなくて。それで不動産屋に連絡したら、すぐに修理に行きますっていうんで、私、時間つぶしに駅前の喫茶店に逆戻りして……」
これも繰り返し流れているインタビューだった。
顔を出している人も隠している人もいるけれど、でもどの声も、一様に安堵感と、そして自分の信じられない幸運を喜ぶ声で満たされている。でも、僕は知っている。これは幸運だとか、偶然だとかじゃない。腹話術師さんが、ユニティが仕組んだ出来事なんだ。
腹話術師さんが言っていた、証拠。
だから、そのメールが携帯に届いたときも、僕はそれほど驚かなかった。
「河川敷で待つ」
アドレスは見覚えのないものだったけれど、恐らく、これは腹話術師さんにまちがいないだろう。
腹話術師さんが僕を呼び出したということは、いつものように姿の見えない警護の人たちも、この間と同じように、腹話術師さんの暗示をかけられて、僕が家にいると思いこまされるのだろう。
ノアちゃんは呼び出しを受けてソサエティに出向いている。
僕は一瞬だけ迷って、立ち上がった。
腹話術師さんの申し出、ユニティに協力するという話を受け入れるためじゃない。でも僕には、どうしてもこの前に言われたことが気になっていた。
腹話術師さんは、ソサエティが僕に嘘をついていると言った。
僕とノアちゃんが出会ったのは、偶然じゃないという、あの言葉。それをどうしても確かめたかった。
つづく