『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』17話

「師匠、もう、いいですよ」
その声に、恐る恐るソファの陰から顔を出すと、は、と息を整えているノアちゃんの姿と、あちこちに色んなものが突き刺さっている部屋の惨状が同時に目に入った。
「……あら、まあ」
目の前で起きた出来事があまりにもひどいと、そんなふうな言葉しか出てこないものだ。

しかしノアちゃんはそれも気にならないように、いつものような冷静な声で言う。
「仕掛けられてたマイクとカメラ、これで全部壊れました。これで少し、時間が稼げるはずです」
その言葉を聞いて、やっと僕は大切なことを思い出した。
そうだ。盗聴器とカメラって、さっきノアちゃんが言ってた……!

改めて部屋を見ると、あちこちに刺さった食器の下から、何か電線のようなものがのぞいている。ふとノアちゃんの足元を見ると、そこには延長コードがあった。ソケットの部分はたぶんノアちゃんに踏まれたのか、完全に砕けて中の電子部品が露出している。
それを見ているうちに閃いた。
昨日、僕が引っ掛かりそうになったコード。
もしかして、あそこにも盗聴器が仕掛けられてた? 部屋を眺めて、なんだか変だと思ったのは、誰かがいろんな場所にカメラやマイクを仕掛けてたから?

「一体、誰がそんなこと……」
僕が言うと、ノアちゃんはちょっと眉根を寄せて首を振った。
「たぶん、ソサエティの人たちです」
「ソサエティの?」
わけが分からなかった。なんで、ソサエティの人たちがそんなことを……?
「統括官の代行のひと、なんだかノアのこと、好きじゃないみたいです」
代行、のところに強い力を込めて、ノアちゃんは言った
「だからこうやって、自分で師匠を監視したいです。それに、代行のひと、ノアにはなにも教えてくれません。でも、それ、へんです。ノアもソサエティのひとで、それに師匠のお弟子さんです」

僕の隣に座り込んだノアちゃんの華奢な手がタッチパッドの上を滑ると、いくつかの画面が同時に開いた。
一番大きな画面には動画が映っている。
「これって……」
僕の言葉にノアちゃんがうなずく。
ビルの谷間のオープンカフェの映像。テーブルには大学生らしいカップルや女の人の二人連れ、スーツを着た男の人、それに、僕。
僕らがバイクの集団に襲われたときの映像だ。
どうやらいくつかの場所にカメラが設置してあったらしく、ノアちゃんが操作するたびに、映像の角度が変わる。
画面の中の僕は落ち着きなさそうに辺りをきょろきょろ見回していて……。
「ここ、見てください」
ノアちゃんが言って、同時に画面の一部がクローズアップされる。僕が座っていた場所の、随分向こう側にある、街路樹の陰。

そこに誰かが立っていた。カメラの性能の限界だったのか、拡大したせいで粒子が粗く、ぼんやりとした人影にしか見えない。と、ノアちゃんがキーボードをかたかたと叩くと、徐々に映像が補正されて、人影が少しずつ鮮明に見えてくる。
「あ……」
また別のウインドウが開いた。
これはまったく見覚えのない景色だった。大きな荷物を持った人やカートを押す人、制服姿の人が行き交っている、これは……、空港?
と、画面の右端のほうで話をしていた二人の男の人のところに、警備員らしき制服を着た人たちが数人、走り寄って行く。話をしていた人たちは驚いた顔になり、逃げ出そうとしていたけれど、でも半ば強引に警備員に連れて行かれてしまった。

「なに、これ?」
「一年半前、北アフリカの空港で撮影された映像です。話をしている男性のひとりはソサエティの工作員、もうひとりはイレギュラです。このあと、二人の行方は分かっていません。あとで調べたところ、この警備員は空港の職員ではないことが分かりました」
「さらわれたってこと……?」
僕の問いに答えずに、ノアちゃんがPCを操作する。と、さっきと同じように画面の一部がクローズアップされる。画面の隅のベンチで、新聞を広げている男の人。
広場の映像が横に並ぶ。顔や骨格、耳の形などが比較されているのだろう、緑や赤い線で、それぞれの映像が結ばれる。
「この二人は同一人物です。この人は、こうやってイレギュラを集めているようです。それでこの間も……」
「腹話術師さん」
話を遮って言った僕の言葉に、ノアちゃんの目が大きくなる。
「師匠、知ってるんですか!?」
「うん。昨日、会ったんだ。学校が終わったあと、僕のところに来て……」
「なにもされなかったですか! 何か変なこと、言われたですか?」
「うん……」

僕は少しだけ迷ったけれど、でも結局、僕がユニティに協力してくれと言われたという話をノアちゃんに伝えた。
「……それで、師匠はなんて答えたですか?」
話を聞き終えた後、ノアちゃんがなにか沈んだ声で言った。
「……分かんない。腹話術師さんは、証拠を見せるから、それを見てから考えろって言ってたし……」
と、そのときになって僕はあることに気がついた。
「そう言えば、ノアちゃん、この映像って、どうやって調べたの? ソサエティのデータベースにアクセスできるようになったの?」
この前は、アクセス権限が取り消されてって言ってたような……。
「こっそりと忍び込みました」
ノアちゃんは、こともなげに言った。
「忍び込んだって……、それってハッキングしたとかってこと?」
こくり、とノアちゃんがうなずく。
「入れてもらえなかったらこっそりと忍び込むしかありません」
「って、それ、後で怒られるんじゃないの?」

もしかして、今朝正木さんがやって来て出頭しろとか言ってたのは、このことなんじゃ……。
その心配を伝えると、でもノアちゃんは首を横に振る。
「新しい統括官代行のひと、なにも教えてくれないです。だったら自分で調べるしかないです」
「そんな……」
それはそうだけど、でも正木さんはどういうわけかノアちゃんを嫌っているようだし、ハッキングなんかしたらますます……。そんなことを考えていて気がついた。
もしかして、僕のために……?

もちろん自分が知りたかったということもあるんだろうけれど、でも、なにが起きたか分からず不安そうで、何度も何度も尋ねる僕を安心させようとして、それで……。
「ありがとう」
僕が言うと、ノアちゃんは一瞬、きょとんとして僕のほうを見つめた後、ほんの少し、顔を赤くした。
「べ、別にノアは、自分が知りたかっただけです。師匠がどうのこうのとか、そういうのは関係ないです」
そう言ってぱたぱたとウィンドウを閉じようとした。でも手が滑ったのか、急に別のウインドウが開く。
「ん……?」
白黒の画像だった。古い写真を取り込んだものらしく、あちこちが擦り切れたり、折れたりした跡があるけれど、何が映っているのかは、はっきり分かる。黒い髪の、目鼻のはっきりしたきれいな女の人。
「ノアちゃん?」

そこに写っている人はノアちゃんにそっくりだった。被っている帽子や着ている服のデザインはクラシックな感じで、よく見ると頬の感じはノアちゃんよりほんの少しシャープで、全体に落ち着いた物静かな印象の人だけれど、でもすごくよく似てる。
ノアちゃんの、お母さんかな……?
「なんでもないです」
でもノアちゃんは妙に硬い声で言うと、すぐさま画面を閉じてしまった。
「それよりも、腹話術師の人は証拠を見せるって言ったですか?」
「あ、うん……」
確か、ここ二、三日のニュースに注意しておけって……。
「そうすれば、話した意味が分かるだろうって言ってた」
僕とノアちゃんは、なんとなく二人で考え込んだ。
そして、腹話術師さんの言葉の意味は、この二日後に、明らかになった。

                                 つづく

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