『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』10話

家に戻り、二階に駆け上がった。自分の部屋に入ると、堪え切れずに足の力が抜けて、そのまましゃがみこんでしまった。
あれはやっぱり、僕のせいだった。
それは、ずっと考えまいとしていたことだった。
周りの運命をおかしくしてしまう存在、イレギュラ。

あかねさんがやろうとしていた運命律の調査というものには、きっと、昨日のあの出来事は含まれていなかったにちがいない。
いつもはなんだかつかみどころのないことばかり言っているあかねさんだけど、でも、ソサエティのかなり偉い幹部の一人だ。きっと、なにが起きても大丈夫なように準備を整えていたはずだ。

でも、僕の存在がそれを狂わせた。
前に言われたことがある。僕は、今までに存在しなかったようなタイプのイレギュラだって。こういう形で、ソサエティに関わったイレギュラはいないって。そのときは大して気にもしていなかったけれど、でも、そんな僕の存在が、あのバイクの集団の襲撃を許した。

僕の存在のせいで、きっとあかねさんや、あの場にいた人は傷ついた。
僕はため息すらつくことも出来ず、両腕で自分の頭を抱え込んだ。
また、同じようなことが起きるんだろうか? 僕の存在が、大事な人を傷つけるとしたら……。
 

不意に、真っ暗な体育館の風景が浮かんだ。その床の、血だまりの中のノアちゃん。血を流しながら倒れている岩田くん。
あのときも、やっぱり僕のせいだった。運よくノアちゃんも、岩田くんも助かったけれども、これから同じような起きたときもまた、上手くいくとは限らない。ノアちゃんだけじゃない。父さんや母さん、ちはるや岩田くん。僕の大切な人たちを、僕の存在が傷つけるかもしれない。

こつこつ、と遠慮がちなノックの音が聞こえた。
「……入っても、いいですか」
「ああ……、どうぞ」
震える声を抑えて、僕は言った。
開いたドアの向こうに、ノアちゃんが立っていた。
「あかねさん、どうだった……?」
ノアちゃんはちょっとうつむいたまま、左右に首を振った。
「まだ、昨日と同じです……」
「そう……」

昨日の事件があってから、僕はまだあかねさんの姿を見ていない。きっとたくさんの管につながれて、目を閉じ、病院のベッドに横たわっているのだろう。
その姿を想像すると、胸がきりきりと痛んだ。
「ねえ、昨日のことは、一体、なんだったの?」
 黙っていることに耐えきれなくなって、思い切って尋ねた。
「あの、僕らを襲った人たちはどういう人なの? 怪我した人の中には、ソサエティの人じゃない、普通の人たちもいるんでしょう? その人たちは大丈夫なの? 死んだ人もいるの? あれはやっぱり僕のせいなの?」

一度口を開いたら止まらなくなった。
「僕がイレギュラだから、みんな怪我したんじゃないの? どうしてソサエティの人は、それを予測できなかったの? なんで正木さんも、ノアちゃんも何も教えてくれないの?」
昨日からずっと押し殺そうとしていた不安、でも、僕の弱い心ではそれに耐えられなかった。我慢できなくなってその蓋が開いてしまった。気が付いたらノアちゃんを責めるような口調になっていた。
「……ごめん」

ノアちゃんは黙って、僕の言葉を聞いていた。やがて、その形のいい唇が小さく開く。きっとまた、師匠は心配しないでとか、そんなことを言うんだろうな。そんな想像をしていたんだけど、でもノアちゃんの口から出たのは、全然違うことだった。
「ノアにも、分からないです」
「分からないって……?」
ノアちゃんは、直接それに答えることはなくて、少しためらったあと、僕に近寄って来てとなりにぺたんと腰を下ろした。

しばらく黙ったまま、床を見つめたあと、やがてためらいがちに顔を上げた。
「ノアも、色んな人に聞きました。なんであんなことになったのかとか、師匠が誰に狙われてるのかとか。でも、誰も教えてくれません」
「ノアちゃんにも……?」
僕を見るノアちゃんの目には、今まで一度も見たことのない色が浮かんでいた。それを僕は良く知っている。今まで、鏡の中で何度も見たから。
ノアちゃんの瞳に浮かんでいたもの、それはまちがいなく不安の色だった。
「だからノア、自分で色々、調べようとしました。でも昨日から……、ソサエティのデータベースにアクセスしても、繋がらないです」
「繋がらないって……、なにか、障害とか?」
 僕の問いかけに、ノアちゃんはぶんぶんと首を振った。
「分かりませんけど……、ノアのアクセス権限が、無くなってるです」
「無くなってるって……」
「ノアのIDだと、ソサエティの情報にアクセスできないです」
「本当に……?」

ノアちゃんはこくんとうなずいた。
「ノアも何があったのか知りたかったです。でも、分からないです。師匠にも教えてあげたいけど、教えられること、何もないです」
そう言うとノアちゃんはうつむいてしまった。ノアちゃんの身体は、普段よりももっと小さく見えた。

そのときになって、ようやく僕は気がついた。僕なんかとは全然違う経験を重ねて来たし、色んなことも知っているけれど、でもノアちゃんも僕と同じくらいの年、いや、もしかしたら僕よりも年下の、女の子なんだっていうことに。

                                 つづく

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