〈主な登場人物〉
野島浩平……高校二年生。お菓子作りが特技。周りの運命に影響を与える存在である〈イレギュラ〉としてノアに監視されている。数秒先の未来が見えるという能力を持つ。
ノア……運命を正しく導く組織〈ソサエティ〉の工作員。独学で日本文化を学んだため、色々と言動が怪しい。浩平のことを「師匠」と呼ぶ。
春野ちはる……浩平の向かいの家に住む幼馴染み。内気だが芯が強く、困っている人を見ると放っておけない。
岩田優……浩平、ちはるの幼馴染み。中学を卒業してからは、建築現場で働いている。
悠木佐奈……浩平たちの同級生。髪の色が茶色くヤンキーに思われがちだが、実は真面目。ちはるに恋をしている。
春野奈々……ちはるの母親。元美容師で、浩平とノアを気に掛けている。
里見……浩平が所属するサークル「日本文化研究会」、通称文研の同級生。アイドルと美少女をこよなく愛する。
大竹……同じく文研の同級生。格闘技とガンアクションをこよなく愛する。
唐島さん……文研部長。変わり者。
綾野萌……文研の新入部員。
麻奈美先生……養護教諭。怪我の多い浩平はしょっちゅうお世話になっている。
リー……ソサエティの急進派、『宿命派』の殺し屋。以前、浩平とノアを襲うが失敗。
ココ……すべての運命を読み通せる『運命読み』の候補。ノアとは幼馴染み。
五十嵐直人……ソサエティの一員。ココをサポートしている。
桜あかね……グラビアアイドル。実は〈ソサエティ〉の幹部。
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おばちゃんの機嫌がよかったのか学食で頼んだAランチがいつもより全然大盛りでお腹いっぱいになって危ないなあとは思っていたけどやっぱりいつのまにか目の前が暗くなって気がついたときには頭がぱかんと鳴っていた。
上げた目の先には、テキスト片手の、眉間にしわを寄せた先生の顔があった。
「起きろ」
ゴールデンウィークが明けたばかりの、五月の暖かな午後だった。
「……すみましぇん」
まだ半分居眠りしたまま、回らない口で言った僕をもう一度じろりとにらみつけて、先生はテキストの朗読に戻った。
いかんいかん。
目を覚まそうと、ぎゅっとほっぺたをつねった。
でも、先生の声を聞いているうちに、またしてもまぶたが重くなってくる。僕の席は窓際で日当たりがよくて、特に今日みたいに天気が良くてぽかぽかと暖かい午後は、いくら頑張って起きてようとしても、睡魔の誘惑には抗えず……。
ちょんちょん、と尖ったもので肩をつつかれて、僕ははっと背筋を伸ばした。隣を見ると、シャーペン片手のちはるが、もう、とあきれた顔でこちらを見つめていた。
成績も出席日数もぎりぎりだったけれど、僕はなんとか無事に二年生に進級することができた。新しいクラスは二年五組。幼馴染みのちはるだけでなく、文研の里見や大竹とも、同じクラスだ。
若干人見知り傾向の僕にとって、新しいクラスによく知ってる連中がいるのはありがたい。ウチの学校は二年から三年に上がるときにはクラス替えがないから、少なくとも残りの高校生活で、また誰か弁当を一緒に食べる人を見つけないといけないなあとか、修学旅行のときの班分けで余って引き取り手のない人になったら悲しいなあとか、そんなことを考えなくていいのは、ちょっとうれしい。
春になってから、僕の周りは平穏な日々が続いていた。
といっても、僕は相変わらずどんくさくて、何もないところで転んで保健室に運びこまれたりはするけれど、去年の秋や冬のような事件が起きることもなく、ごくごく普通の高校生の日常を過ごせている。
僕が今まで読んだマンガや小説だと、四月になった途端にここぞとばかりに厄介事が起きるものと相場が決まっていたものだから内心びくびくしていたが、でも四月は去り、五月もこれまた平和に終わりつつある。
もちろん、心配ごとがないわけじゃないけど。
テキストを朗読する先生の声はまだまだ続いている。ちゃんと聞いているとますます眠くなりそうだったから、眠気覚ましにシャーペンの先で指の関節をつつきながら、僕は窓の外に目を向けた。
ここからだと、向かいに建っている新校舎の、一年生の教室の様子がよく見える。僕がこの間まで使っていた教室だ。きっと、あそこに座っている子たちも睡魔と闘っているにちがいない。
と、僕と同じように居眠りをしていたのだろうか、窓際に座っていた子が
――先生が近付く。立たされる。頭を下げている。先生が何か言う。座らせてもらえない。「では、この続きを、野島」「はい?」「今読んでたところの続き」「え、えっと……」「また寝てたのか?」くすくすと笑う、教室のみんな――
キン、と目の奥に鋭い痛みが走って、思わず強く目を閉じた。痛みはすぐに去ったけど、でも、その痛みはあまりにも鋭角的で、吐き気のようなものすらこみ上げて来た。
「では、この続きを、野島」
「は、はい……」
僕はなんとか息を整えて、立ち上がった。
「今読んでたところの続き……、ってお前、大丈夫か?」
先生の声が曇る。
「顔色、悪いぞ?」
「いえ、あの、大丈夫です……」
「そうか?」
まだ先生は不審げだったけれど、僕が教科書を読み始めたので、それ以上何かを言われることもなかった。もう、頭の痛みは、やって来た時と同じ唐突さで、すでにどこかへ去っていた。
僕に見える、少しだけ、未来の世界。
以前は、ごくごくたまに見えただけだったのだけど、でも最近、なぜかそれが、すごく頻繁に見えるようになった。しかも、強烈な頭の痛みを伴って。
この能力を身に付けたときもそうだった。世界が歪んで見えるぐらいの猛烈な頭痛を感じたと思ったら、未来の世界が見えた。でも、上手く言えないけれど、そのときとはまた、違う感じがする。
痛みはいつもすぐに消えるし、未来が見えて損をすることはあまりないから、気にしないようにしてるんだけど……。
「はい、そこまで。では次は……」
先生に言われ、僕は椅子に腰を下ろす。
そんな心配ごとがないわけじゃないけれど、でも僕の日常は、とりあえず平和に、穏やかに回っていた。
今のところは。
つづく