『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』9話

「私は! あの、生徒会長として! みなさんの、が、学生生活が、とても楽しくて素晴らしいものになるように、三つの公約をします! ひ、ひとつめは……!」
うす曇りの空の下、ちはるが顔を真っ赤にして、震える声を張り上げる。草野球をする人やバーベキューを楽しんでいる家族連れ、周りにはたくさんの人がいて、ときどき、一人叫ぶちはると、その前に体育座りになってそれを聞いている僕たちに、なにやってんだ? という視線を向けてくる。
 

頑張り屋さんなのは分かるけど、ここまでしなくても。
きっと普段ならそんなことを考えるのだろうけど、でも今の僕には、周りの視線もちはるの声も、まったく気にならなかった。

頭の中には、昨日の出来事が延々と繰り返し浮かんでくる。銃声、悲鳴、そして、手に残るあかねさんの、華奢で柔らかい肩の感触、そして、血の赤。
きっと、どこにいるのか分からないけれど、この河原にもソサエティの人が僕を警護しているのだろう。
「十分な人員を配置する。あくまで君は、普段通りにしていればいい」
今朝掛かって来た電話でそう告げる正木さんに、警護されるってことは、狙われたのは僕だったんですかと尋ねたけれど、やっぱり、答えが返って来ることはなかった。

「おい、大丈夫か?」
「え?」
気がつけば岩田くんが心配そうな顔でこちらを見ていた。
「ひでえ顔してるぞ? 具合でも悪りいんじゃねえ?」
「あ、ごめん、大丈夫だから」
僕はごしごしと顔をこすった。
「でも、ちはる、声出るようになったねえ」
ごまかそうとしてそう言った僕をじっと見ていた岩田くんはなんだか不満そうに口をゆがめただけで、何も言わなかった。

「以上が、私の公約です!」
ちはるがいつもの五分間の演説を終えて、丁寧に頭を下げる。顔は上気して赤くなり、そのせいなのか黒い瞳もいつもよりもきらきらとして見える。
と、その目が僕を向くなり、心配そうな色に変わる。
「なにか、あったの?」
「え?」
いつもの練習のときのように、どうだった? どこか聞こえにくかった? 分かりにくかった? と尋ねられるものだと決めてかかっていた僕は不意を突かれて詰まってしまった。
「いや、ううん、あの、何でもない」
「本当?」
ちはるはじっと僕の顔を見ていて、思わず、目をそらした。

「ちょっと風邪引いたのかも。昨日の夜暑かったから、布団蹴っちゃって……、それより、ずいぶん大きな声で話せるようになったよね。これなら……」
「ごまかさないで」
いつものおっとりした様子ではなく、むしろ厳しいような調子で、ちはるは言った。
「こーちゃん、どうしたの? ノアちゃんもなんだか変だったし……。何かあったんだったら、話して? 私もユウくんも、力になれること、あるかも知れないし」
ちはるは岩田くんのほうを、ね? というふうに見たけれど、でも岩田くんはただじっと僕のほうを見ている。
「本当に……、本当に、なんでもないんだ」

昨日、目の前でたくさんの人が怪我をして、死んだ人もいるんだ。僕の知り合いの人も大怪我をして、目を覚まさないんだ。それはもしかしたら、僕のせいかも知れないんだ。
そんなこと、言えなかった。

信じてもらえないと思ったからじゃない。僕が話せば、ちはると岩田くんなら、多少は疑いながらでもきちんと聞いてくれるだろう。昨日のことを話すっていうことは、いままで起きたこと全部、例えばノアちゃんがどうして僕の家にいるのかも、全部話すっていうことだけど、きっと信じてくれるだろうし、秘密にしておいてといえば、絶対、その通りにしてくれるだろう。

でも、もしかして、僕が話すことで二人に迷惑がかかるかも知れない。
そう考えたときに、はっと気がついた。
今、この瞬間。僕がここにいることで、もうこの場所には、なにかおかしなことが起きつつあるのかも知れない。
スポーツをしたり、お喋りをしたり、のんびりとピクニックシートを広げて笑いあう人たち。周囲には平和な、休日の景色が広がっている。
僕がいることで何かがおかしくなってしまう。この平和な景色が、壊れてしまう。昨日のように……。

「ごめん」
「どうしたの?」
立ち上がった僕に、ちはるが驚いたような目を向けた。
「やっぱり、あんまり具合良くないみたい。今日は、帰るね」
僕は、唖然としているちはると、それからむっつりと押し黙る岩田くんにそう言って、背中を向けて走り出した。
絶対にダメだ。これ以上、他の人を巻き込んだら、絶対にダメだ。

                                 つづく

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