『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』7話

見上げた先には……、白い天井。蛍光灯が、一本、二本、三本。ちらつくこともなく、ただ、ぺったりとした白い光を放っている。しばらくその光を見つめてから、ようやく僕は自分が横たわっていることに気づく。身体を起こそうとしたけれど、でも、全然力が入らなかった。
仕方なく、目だけを動かして左右を見る。
左にはやっぱり白一色の壁。銀色のスタンドに液体の入った透明のビニールがぶら下がっている。そこから出た管が僕のほうに伸びている。
これは……、点滴、かな?
白い靄がいっぱいに詰まったような頭でぼんやりと考えながら、反対側に目を向けた。

宝石のような、青みがかった大きな黒い瞳。それが、まっすぐに僕を向いていた。
そのときになって、ようやく右手を包む、ひんやりとした感触に気がついた。
「……ノアちゃん」
僕の声はがらがらに掠れて、聞いたことのない他人のものみたいに思えた。
「鎮静剤を投与しています。もうすぐしたら動けるようになるです」
いつもと同じように、あまり感情のこもらない声だった。
「怪我はほとんどないですけれど、ショックが強かったですから」
ショック……。ああ、そうか……。
 

僕の頭についさっき起きた出来事が、でも古い映画のように色あせて、蘇る。
撃たれたあかねさんを抱きとめて呆然とする僕は、駆け寄って来た背の高いライダースーツの男に引きたてられた。ヘルメットをしているから顔は分からない。男の傍に立つ、同じ格好をした男がマシンガンを乱射する。そのまま連れて行かれそうになったとき、突然、マシンガンの男が血煙りを上げてその場に崩れ落ちた。

見ると、十人を超える人間が周囲を取り囲んでいた。
いかにも戦闘服といった上下を着ている人もいれば、ジーンズにTシャツという普段着の人もいる。ベビーカーを押している若い女性もいた。ただ、みんな一様に、形も大きさもちがうけれど、その手には銃を構えて、その銃口がこちらに向いていた。僕の首に手をまわした男はポケットから取り出した刃物を突き付けて……、それから、どうなったんだっけ?
「師匠?」
気が付いたらノアちゃんが僕の目の前にストローのついたペットボトルを差し出していた。
「ああ、ありがと……」
水を吸い上げるときに、最初はなんだか上手くいかず、空気ばかりが入って来た。やがて冷たい水が、のどを滑り落ちて、そしてようやく、頭がはっきりしてきた。

そうだ。男はナイフを僕の首に押し当てたんだ。たぶん切っ先が刺さったんだろう、ちくりとした感触があって、でもほとんど同時に、火花と、それからいくつもの乾いた音がして、気が付いたら、男はその場に倒れてた。そのあと、僕は外見は普通のライトバンだけど、中が救急車みたいに、ベッドや装置が備えられてる車に運び込まれて……。

ほんの少し動かせるようになった手をかざしてみた。誰かが洗ってくれたのか、手はきれいだったけれど、でも、爪の中に、ほんの少しだけ黒いものがこびりついていた。
血だった。
これは、あかねさんの、血?
「あかねさんは……?」
ようやく、僕は尋ねることができた。
「入院しています」
ノアちゃんが言った。
「じゃあ……」
「まだ、意識が戻りません」

僕はそのときになって、ようやく、ノアちゃんの声が震えていることに、気がついた。
「弾丸は心臓をかすって、血管を傷つけたです。それで、出血がとてもたくさんで、それで、それで……」
ノアちゃんがほんの一瞬、僕の手をぎゅっと握りしめた。
「あかねさんは、僕をかばって……? 一体、何があったの? あの、黒い服を着て、オートバイに乗ってた人たちは……」
僕が尋ねようとしたとき、コンコン、と部屋のドアが、強めに叩かれた。
はい、と返事をする前に、がらがらと戸が引き開けられる。

無言で入って来たのは、中年の男の人だった。濃いグレーの三つ揃いを着て、ちょっと白髪の交じった髪をオールバックにしている。あまり背は高くなく、反対に後ろから続いて入って来た紺色のスーツを来た二人組は、大男と言っていいぐらいの大きさだ。
先頭の、小柄な男の人の細い目が僕を見て、それからノアちゃんのほうに移動し、なぜか一瞬だけ、不快そうにしかめられた。

それから再び僕のほうをじろっとみて、男の人は口を開いた。
「野島浩平くん。私は正木という者だ。負傷した桜統括官の職務を代行することになった」
「代行……、あの、あかねさんの容体は……、それに、僕たちを襲った人たちは一体……」
正木と名乗った男の人は、尋ねかけた僕を制するように少し右手を上げた。
「ここはソサエティの運営する医療施設だ。君は精神的にショックを受けているようだから一時的に収容しているが、もう少ししたら帰宅できる。ただその前に、聴取させてもらいたい」
「師匠は目が覚めたばかりです。聴取ならもう少ししてから……」
「君には尋ねていない」
正木さんは、大きな声を上げたノアちゃんを見もせずに言った。
冷え冷えとした口調だった。

「事件発生時の状況を教えてくれ
「あの、ちょっと待ってください……。事件って言っても、僕には何がなんだか……」
「君は桜前統括官から運命律調査への協力を依頼された。その途中、武装した集団から襲撃を受けた。ソサエティ側の損害は死者四名、重軽症者十三名。その中には桜統括官も含まれている。居合わせた一般市民に死傷者も出ている。これが事件の概要だ。野島くん、君が異変を感じたのはいつだ?」
正木さんがほとんどまばたきもしないままで、じっと僕を見つめて言った。まるで、お面をかぶっているみたいに表情が変わらない。
「えっと、あの、最初は、なにか変な音がするなって思って……」

正木さんの奇妙に圧迫感のある視線に耐えきれず、僕はつっかえつっかえ、話し始めた。
「それで、気が付いたらここにいて……」
話がそこまで来ると、メモも取らず、ただ僕の顔だけを見て話を聞いていた正木さんは、何かを言うでもなく、くるりと背中を向けた。
「君には警備をつけておく。普段通りに行動するように」
命令するような口調で言うと、正木さんは、背の高い二人組を促して、病室を出て行ってしまった。

                        つづく

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