8月某日 セミ

朝、セミの声で目覚めることが増えたが、そういえば亡くなった母は、セミの声にうるさい人だった。セミの声にうるさい、というのは妙な表現だが、セミが鳴き始めると、「セミが鳴いている」ではなく、「クマゼミが」「アブラゼミが」「ツクツクボウシが」、鳴いている、と言っていた。そして「最近はツクツクボウシが減った」「今年はまだクマゼミの声を聞いていない」などと、近年のセミ事情についてひとくさり話すというのが、我が家の夏の初めの恒例だった。

母が特にセミが好きだった、というわけではないと思うし、昆虫に関心を寄せていたというわけでもなさそうだった。セミにくわしいのはその世代の常識なのか、田舎で育った時期が長かったせいか、それも分からない。ただ、田舎暮らしをしていた時期のことはあまり好きではなかったらしく、その田舎が「嫌で嫌で仕方なかった」と言っていた。学校まで遠かったようで、毎日四十分ぐらいかけて登校していたというから、嫌だと思う気持ちは理解できる。

嫌だなあ、と思いながら夏の登下校の道で降って来るセミの声を、「あれはクマゼミ」「あれはアブラゼミ」などと聞き分けつつ、学校に通っている少女の姿を思い浮かべると、ちょっと可笑しいし、なんとなく目が潤む。


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