7月某日 ご趣味は

無趣味な人間である。本を読み、書くことが仕事になってからは、特にそうである。料理をするので「これが趣味か?」と思ったこともあるが、楽しみのために六時間タマネギを炒めたりするのではなく、毎日毎日、できるだけ簡単に、短時間で、飽きの来ないものを、そして栄養が豊富で、などと考え始めたらそれは趣味ではない。ただの家事だ。

あと考えられるのは「飲酒」だが、どうもこれも、趣味というよりは生活習慣というか、「服薬」みたいなことに分類されるような気がする。


しかし「趣味はなんですか」と聞かれたときに「ありません」と答えるのも、どうもつまらない人間のように思われるし、いや実際つまらない人間なのだからそれを取り繕ってもどうしようもないのだが、しかしそれにしたって「私はつまらない人間である」という札を首からぶら下げているのもいかがなものかという気がするし、それに相手は話を広げようとして「趣味は」と訊ねてくれているのにも関わらず「ありませんっ!」と鼻先でドアを閉じてしまうような態度は人としてよろしくないのではないか、というわけで、ときどき自分の趣味について考えることもあり、なんだか適当なものはないかなあ、と思っていたのであるが、あった。ありました、趣味。
 

たとえば電車、エレベーター、あるいはどこかの待合室、そういうところにいるときに、ちょっと耳を澄ます。そうすると必ず、誰かの声が聞こえてくる。これがなかなか面白い。ものすごく真面目な話をしている人もいれば、「絶対うそ」と言いたくなるようなホラを吹いている人もいる。しょうもな、とため息をつきたくなるような話もある。

よく覚えているのは、以前三浦半島の海の近くに住んでいたときのことで、そのときは京急を使っていたのだが、夜、ものすごく派手な格好をしたギャルっぽい女の子二人組が乗って来て、その子たちは「自分たちの家業であるワカメ漁のしんどさをもっと世間の人に知って欲しい」という話をしていた。意外。そして京急に乗ってくる人の話は、面白いことが多かった。さらに言うと、面白い話をしているのは女性が多く、おっさんはいかん。全然話が面白くない。職場か、野球か、サッカーの話しかしていない。

先日、市役所に行ったときには「母が老人ホームに入るので」と転入出の手続きをしている人がいた。昔、自分も同じことをしたことがあるので、そのときのことと、今は亡き母のことを少し思い出した。

なんだかいい話ふうにまとめようとしているが、要するに「盗み聞き」なのであった。「趣味は」と聞かれたときに、もうちょっと品のいい答えを用意したほうがよさそうである。


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