6月某日 タモリの連続性

『タモリ倶楽部』が終わった。というか、東京ではとっくに終わってたものがようやく大阪で放送されて、それを見た。最近はそれほど頻繁に見ていてわけではない。だからなのだろうか、終わった、という実感がない。寂しくもない、と気付いたのは『ブラタモリ』を見ていたときだ。タモリが出ていれば、それは『タモリ倶楽部』だろうが『ブラタモリ』だろうが変わらないのだ、という発見だった。


考えてみれば、四十代以上の人のほとんどは、物心ついたときからタモリと過ごしてきた。『笑っていいとも!』を見て、『世にも奇妙な物語』を見て、『ミュージックステーション』を見て、その他の番組とか、CMを見てきた。当然、タモリの番組が終わる、あの『笑っていいとも』でさえも終わる、ということも経験している。

しかし、どこかの時間帯、どこかの番組に、タモリはタモリとして存在する。そこにはタモリの連続性が維持される。終わっても、終わっていない。もしかすると、チャンネルを変えればそこで『笑っていいとも!』が放送され続けているかもしれない。シュレーディンガーのタモリである。


ふと、考えるのは、タモリが死んだら、ということである。そのとき、連続性は絶たれ、どれだけチャンネルを変えてもそこにタモリが存在しないことに気付く。本当にそんな日が来るのか。にわかに信じがたい。


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