煙草をやめて、一年ぐらいになる。正直に言えば、今でも吸いたいと思うことがあるが、それも切実な欲求ではなく、雪の日に春の縁側を思うようなものである。いくら春の縁側が恋しいといっても、暖かい地域に向う飛行機に飛び乗って春の縁側（か、それに類する場所）を探そうとは思わないのと同様に、コンビニなり煙草屋なりに行って、煙草とライターを買い求めて一服しようとは思わない。
ただ、ときどき、本当に吸いたいなと思うことがある。たとえば先日、東京に行ったときのことだ。渋谷の駅を出たところで、突然煙草が吸いたくなった。よくよく考えれば、そこは昔、喫煙所があった場所だった。渋谷で用事があるときには、そこで足を止めて、煙草を吸っていた。これから人に会うための気持ちを整えたり、何を話そうか整理したり、あるいは打ち合わせがうまく行くだろうか、仕事を取れるだろうか、と考えたりする。あるいは、仕事が終わったとき、煙とともに、色々なものを吐き出していた。その記憶が、場所と繋がっているのだろう。
今、渋谷の駅前は猛烈な勢いで変わっている。昔死ぬほど行った駅前のツタヤもなくなっていた。見る景色がすべて変わったとき、それでもあの場所に立てば、「ああ、煙草吸いてえ」と思うのだろうか？
今、渋谷の駅前は猛烈な勢いで変わっている。昔死ぬほど行った駅前のツタヤもなくなっていた。見る景色がすべて変わったとき、それでもあの場所に立てば、「ああ、煙草吸いてえ」と思うのだろうか？