10月某日 ゴリラを探して

ものの本を読んでいたら、こういう実験のことが書いてあった。

被験者には、まずこのように伝える。

これからバスケットボールの試合のビデオを見てもらう、ビデオの中では、黒いTシャツを着たチームと、白いTシャツを着たチームが対戦する。あなたたちには、白いTシャツのチームのパスが何本成功したかを数えてもらいたい。

ビデオが始まり、最初は説明通りに白チームと黒チームがバスケをしているのだが、その途中で着ぐるみのゴリラが乱入してくる。ボールを奪ったりはしないのだが、ドラミングをしたり、踊ったりして、また消えていく。

ビデオが終了してから被験者に「今の映像におかしなものは映っていなかっただろうか」と訊ねると、ほとんどの人が、そんなものは見ていない、と答えるのだという。さらにくわしく、「ゴリラが出てきたはずだが」と訊ねても、多くの人の記憶には、着ぐるみのゴリラは残っていなかった。つまり、パスを数えろ、と言われて、そのことだけに集中していたために、本当にゴリラなど見えていなかったらしい。その傾向は、パスを数えることに一生懸命になればなるほど、つまり「パスが何本成功したか」を正確に答えられる人ほど、強まる。

人間の認知能力がいかに不完全なものであるか、という話なのだが、しかしこういうことは日常、よく起きている。見て見ぬふりをするとか、目を背けるとかではなく、本当に「目に入っていないこと」というのは意外に多い。

ちょっと話は変わるが、少し前にテレビで、一般の人がとある企業の商品やイメージに対してあれこれ言う、というような番組をやっていた。それを聞いた企業のわりとえらい人などが、耳が痛いですな、あっはっは、しかし、それにはこういう裏話があって、などと答えるわけである。

それを見ていて、あら? と思った。というのも、その企業を代表して出演していた人たちが、男ばっかりだったからである。八人ぐらい出ていた中で、七人が男。それも四十代か五十代で、女性は三十代と思しき人がひとりだけだった。ほとんど反射的に、「あ、この会社あかん」と思った。

たぶん、以前ならそうは思わなかっただろうし、実際に同種の番組を見ていても、そう思ったことは初めてだった。つまりそのときまで、「見えてなかった」わけである。

考えてみれば、おそろしい話である。きっと気付いていないだけで、身の周りに、まだまだこの手のゴリラがうろうろしているに違いない。ドラミングなんか、おどけているのだ。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: