1月某月 靴の中の小石

誰にでも経験があると思うが、靴の中に小石が入るというのは、嫌なものである。小石と言っても、大きさは正味、米粒ぐらいのものである。それがどういう経緯を辿ったのか靴の中に入っている。これがもう、とても気になる。神経が足に集中してしまい、他のことはほとんど考えられなくなる。もう、一刻も早くなんとかしてしまいたくて、往来の端っこに寄って、適当な塀やら電柱にもたれて靴を脱いで振ったりする。

 こういうことは、小石でなくても、往々にして起きる。たとえば、起きたら届いていた、「カードの支払いが完了していません」みたいなメールだとか、出かけに家人に言われた一言だとか、あるいはちょっと時間が経って忘れていたけどあの件どうなったんだ、とか。それはぐっと引いてみれば本当に米粒のような出来事なのだろうけれど、ひとたび気になりだすと、そのことしか考えられなくなる。しかも靴の中の小石とは違って、靴を脱いで振るだけではいかんともしがたい。それが、さらなる苛立ちの原因となる。実は先日、そういうことがあって、それはそんなに親しくない仕事関係の相手からの電話だったのだけれど、「やってくれないと困ります」というような物言いだったもので、梅田の街を歩きながら、非常に腹を立てていたのである。

 そうしたら、なんということでしょう。靴の中に、小石が入ったのである。最初はそれに気付かず、掛かってきた電話のことを繰り返し思い出して腸を煮えくり返らせていたのだけれど、「あら、靴の中に小石が」と気付いた途端、その腸の煮えは減じ、代わりに「小石」が頭に占める分量が増えた。それは五分五分を越えて、ついには八対二ぐらいの感じにまでなる。そうなると、不快な電話どころではない。そこでふと思った。ここで靴を脱いで振れば、足の不快感はなくなるだろうが、しかしまた腸の煮えは激しくなるだろう。どっちがいいのか。

 結局その日は、靴の中に小石を入れたまま過ごした。電話の相手に対する怒りはゼロにはならなかったが、小石のお陰で、それほどカッカせずに済んだと思う。

 突発的に腹立たしいことが起きたとき、それで頭を一杯にしてしまわないための携帯用靴の中の小石。売れるのではないか。


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