【注意!】
自作解説にはネタバレが含まれていることがあります。未読の方はご注意ください!
『運び屋』は2014年に実業之日本社文庫として刊行されました。2013年から『月刊ジェイノベル』にて不定期掲載されたものに、二編の書き下ろしを加え、水沢秋生としては四作目の長編に当たります。
この作品はタイトルの通り、「運び屋」を主人公としたお話です。
「運び屋」と聞けば、もしかすると、ハードボイルド小説か、ミステリー小説だと思われる方も多いでしょう。ただ、著者としては「ハードボイルド!」「ミステリー!」と太文字の看板を掲げるのには、少し抵抗を感じますし、実際に読まれた方もこの考え方には頷いていただけると思います。
確かに、主人公である一之瀬英二の態度はハードボイルド的で、物語もミステリー的と言えなくもないし、「一之瀬英二」という名前もいかにもそれっぽい。ですが、実際には、紙幅の多くはハードボイルド的およびミステリ的な会話やプロットではなく、一之瀬英二の内面描写に割かれています。
とにかく、彼は色んなことを考える。主に、どうでもいいことを。そして、思考が飛ぶ。
しかし、こういう経験はありませんか。
ふと街角で、佇んでいる男前を見かけたとする。彼は眉の間に皺を寄せて、沈思黙考している。もしかしたら苦悩しているようにも見える。何しろ男前であるから、とても難しい、シリアスなことを考えているはずだ。
彼は内面、どのようなものを抱えているのだろうか?
ところが、実際にその男前が考えていることといえば、「昼飯、何にしよう」だったりするものです。
この小説では、こういう面白さを描きたいと考えていました。というわけで、この作品はハードボイルドでもミステリーでもあり、同時にコメディーであるとも思っています。
出版から時間が経った今でも、「読みました!」「面白かった!」「続き読みたい!」と言っていただけることもあり(特に同業の方に!)、その点は作者冥利というほかありません。
少し話は変わりますが、『運び屋』について語ろうとしたとき、ぜひ触れておきたいのが、作品が世に出る過程です。
通常、小説家は、出版社から依頼を受けて、小説を書く。しかし、この小説の場合には、そもそもの「依頼」というものがありませんでした。
『運び屋』の版元は実業之日本社で、掲載誌は『月刊ジェイノベル』ですが、もともと『月刊ジェイノベル』から依頼があったのは、短いエッセイでした。内容はいまいち覚えていないのですが、当時は新人賞をもらったばかりの頃で、同じようにいくつかの出版社から、エッセイの依頼を頂きました。
普通であれば、エッセイを書いてそれで終わり、というところなのですが、このとき思い出したのは、同じ新人賞の先輩である、吉野万理子さんのアドバイスでした。
たぶん、授賞式の後の二次会だったと思うのですが、吉野さんはこんなことをおっしゃっていました。
「面白いと思ったらさっさと書いちゃって、編集者に送っちゃえ!」
そのときは、右も左も分からない状況だったので、「そういうものか」ぐらいにしか思わなかったのですが、それからしばらく経って、「いつもなんだかよく分からないことを考えている男の話」というアイデアのが浮かんだとき、ふと吉野さんの言葉を思い出しました。
そして実際に書いちゃって、送っちゃった。
編集者もさぞかし困ったことでしょう。エッセイを頼んだら、おまけに短編小説がついて来たのですから。
ただ、「面白い」と思ったのは自分だけではなかったようで、その後、『運び屋』の第一章は雑誌に掲載、その後は「同じ世界観で続きを」という依頼を頂いて、一冊の本にまとまりました。というわけで、この本が形になったのは吉野さんのおかげです。
とはいえ、これはあくまでも成功例です。実はこれ以外にも、自分で面白いと思ったものをいきなり編集者に送りつけたことは何度もあり、ほとんどがボツになっています。丁寧な文言でお断りされたこともあれば、あるいは普通になかったことにされたこともあります。良い子の皆さんは、決して真似をなさらないように。