まえがき、あるいは波乃歌さんのこと

波乃歌さんというライトノベル作家をご存知だろうか。

いや、ごめんなさい。ちょっとわざとらしかった。

ウィキペディアにも書いてあるし、プロフィールをお読みの方の方ならすでにご存知だろうが、波乃歌さんというのは、水沢秋生の別名義である。

波乃歌さんは、第十七回電撃大賞の応募作品の中から四次選考で落選、そこから拾い上げられて生まれた作家だ。残念なことに、作品は三冊しか出せず、そして売り上げも振るわず、その後、水沢秋生という小説家がデビューしたこともあり、約二年という短い活動期間で終わってしまった。

波乃歌さんの存在に関しては強い心残りがある。

それは、デビュー作である『回る回る運命の輪回る』という作品を完結させられなかったということだ。

『回る回る運命の輪回る』は、電撃大賞に応募した作品で、当然書いた段階ではシリーズ化の心積りはなかったのだが、出版に至る過程で、「シリーズにしてはどうか」という話が持ち上がった。こちらとしては断る理由もない。というか、次の本も出せるというのはありがたいことで、すぐにその話に乗っかった。

そして、『回る回る運命の輪回る1』は、2011年の7月に出版。そのときには私はすでに『回る回る運命の輪回る2』に取り掛かっていたのだが、この作品が難航し、数回の書き直しを経て、ようやく出版にこぎつけたときにはすでに『1』の出版から一年近くが経過しており、売れ行きもそれほどよくないということが明らかになっていた。

それでも一縷の希望を託して、完結編となる『3』を書き上げたが、しかし『2』で売り上げが回復することもなく、結局シリーズは打ち切りになった。

もちろん、これまでにも打ち切りになり、作者が涙を飲んだ作品は星の数ほどあるだろうし、出版社も商売である以上、完結に至らずとも物語を終わらせるという判断は当然のことかもしれない。

が、始めた作品を終わらせられなかったという後悔はそれからもずっと残った。

もしかして水沢秋生が非常に有名になれば復刊のチャンスもあるかも、などと夢も見てみたが、ご存知の通りそこに至ることもなく、打ち切りから約10年が経過した2022年。昔使っていたUSBが見つかり、中を調べてみたところ、そこに日の目を見なかった『3』の原稿が残っていた。

懐しい気分で読み進めるうち、不思議な気分に囚われた。拙い部分も、未熟な部分も多い。空回りしているところもある。が、少なくとも、この物語の登場人物は、ここに生きて、動いていた。

そのときに思った。この物語を、登場人物たちをどういう形でも、解き放ってやらなくては。

このたび、水沢秋生公式ウェブサイトの開設にあたって、この作品、『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』を公開する。

『回る回る運命の輪回る――僕と新米運命工作員』、『回る回る運命の輪回る2――ビター・スイート・ビター』はすでに絶版になった作品で、電子化もされていないし、未読の方がほとんどだと思われる。もちろん『3』だけ読んでも楽しめることとは思うが、世界観を理解したい、読んだけど忘れた、どんな話なのか興味があるというお客様のため、ネタバレ気味のあらすじも用意しておいた。ぜひ参考にしていただきたい。

『回る回る運命の輪回る――僕と新米運命工作員』ネタバレ気味のあらすじ1    

『回る回る運命の輪回る2――ビター・スイート・ビター』ネタバレ気味のあらすじ2

なお、文章に関しては誤字脱字を訂正するほかは、当時の形をそのまま残してある。若い頃の写真を見せられるようで、非常に恥ずかしいのだが、それもまあ、仕方のないことである。

それでは、『回る回る運命の輪回る』、十年越しの完結編、ぜひお楽しみください。


〈主な登場人物〉

野島浩平……高校二年生。お菓子作りが特技。周りの運命に影響を与える存在である〈イレギュラ〉としてノアに監視されている。数秒先の未来が見えるという能力を持つ。

ノア……運命を正しく導く組織〈ソサエティ〉の工作員。独学で日本文化を学んだため、色々と言動が怪しい。浩平のことを「師匠」と呼ぶ。

春野ちはる……浩平の向かいの家に住む幼馴染み。内気だが芯が強く、困っている人を見ると放っておけない。

岩田優……浩平、ちはるの幼馴染み。中学を卒業してからは、建築現場で働いている。

悠木佐奈……浩平たちの同級生。髪の色が茶色くヤンキーに思われがちだが、実は真面目。ちはるに恋をしている。

春野奈々……ちはるの母親。元美容師で、浩平とノアを気に掛けている。

里見……浩平が所属するサークル「日本文化研究会」、通称文研の同級生。アイドルと美少女をこよなく愛する。

大竹……同じく文研の同級生。格闘技とガンアクションをこよなく愛する。

唐島さん……文研部長。変わり者。

綾野萌……文研の新入部員。

麻奈美先生……養護教諭。怪我の多い浩平はしょっちゅうお世話になっている。

リー……ソサエティの急進派、『宿命派』の殺し屋。以前、浩平とノアを襲うが失敗。

ココ……すべての運命を読み通せる『運命読み』の候補。ノアとは幼馴染み。

五十嵐直人……ソサエティの一員。ココをサポートしている。

桜あかね……グラビアアイドル。実は〈ソサエティ〉の幹部。

                                つづく

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