『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』41話

僕は台所に駆け込んで、冷蔵庫や戸棚から、ありったけの材料を取り出した。
鍋をいくつもコンロに掛けて、お湯を沸かし、クリームを温め、砂糖を溶かす。オーブンを予熱している間に、卵を割って泡立てて、粉を振るって、フルーツを刻んで、チョコを湯せんする。
クレームランベルセ、フルーツのタルト、エクレア、パンケーキ、フォンダンショコラ、それにマカロン。
ノアちゃんに美味しいお菓子を、たくさん食べて欲しかった。
最初に焼き上がったパンケーキを、リビングに運ぶ。
ノアちゃんの顔が、とろんととろける。鼻をお皿に近づけて大きく息を吸い込んで、はあ、とうっとりした声を出す。
僕はその様子を確かめて、またキッチンに戻る。

焼き上がったエクレアの生地の具合を確かめて、大きなボールに氷をたくさん入れてクリームを冷やし、型に流し込んだ生地をオーブンに放り込む。
とにかく、たくさん、たくさん、たくさん。
僕がお菓子を作っている間は、ノアちゃんはここにいてくれる。そして僕のお菓子を食べてくれる。その間はずっと、一緒にいられる。
でも、急いでるからって、失敗はできない。
耳を澄まして鍋の音を聞き、キッチンに充満する甘い匂いの中からそれぞれの生地の焼け具合を嗅ぎ分けて、手を動かし続ける。
クリームを詰めたエクレアを持っていくと、ノアちゃんの目がぱっと輝いた。
「こーへーのエクレア、ノア、好きです!」
「一杯あるから、ゆっくり、たくさん食べてね?」
そう言って僕は再びキッチンに戻る。
大切な人に食べさせるお菓子。僕が唯一、出来ること。手なんか抜けない。もう、ノアちゃんが僕のお菓子を食べることは、これが最後かも知れない……。
視界がぼやけそうになって、僕ははっと、短い息を吐く。
ダメだ。泣いてる場合じゃない。ちゃんと、美味しいものを、作らないと。
クレームランベルセ。逆さまのクリーム。焼き上がって開けてみるまで、上手く行ったかどうかは分からない。

僕とノアちゃんは出会った。そしてずっと一緒の時間を過ごして、僕の中に大切な記憶がたくさん生まれた。
フォンダンショコラ。ノアちゃんの好みは、チョコは熱々で、冷たいホイップを添えるんだ。
この世界はいいことばっかりじゃない。未来だって用意されている運命だって、楽しいことばかりじゃない。でもそれを受け入れたり、ときには戦ったりしながら、僕たちは、前に進んで来た。これからも、この先も。
ノアちゃんは僕の運んだお菓子を、ゆっくり、美味しそうに、ほわんとしたいつもの表情で、たくさん食べてくれる。リビングに入るたびにそれを見て、僕の胸は躍り、締め付けられる。

マカロン。初めて、ノアちゃんが食べた僕のお菓子。
あのとき、僕には自分には何一つ、出来ることなんかないって思ってた。でも、ノアちゃんに出会って、僕は変わった。ほんの少しだけど、変わった。きっとそれが、この先の未来を、運命を、世界を変える。
それは与えられた運命じゃない。
僕が、ノアちゃんが、みんなが、死に物狂いでつかみ取った、運命。
焼き上がった生地にクリームを挟む。
「できた! ノアちゃん、マカロン、好き……」
お皿に盛ったマカロンをリビングに運んで、でも僕は最後まで言い終えることが出来なかった。
テーブルの上には空いたお皿。その横に、真新しい紙ナプキン。そして椅子の上には、誰もいなかった。
「ノアちゃん……」
僕の持っていたお皿が傾いて、ころん、と床に、マカロンが一つ、転がる。
ナプキンには、小学生のような字でこう書いてあった。
『では、行ってきます』

                                 つづく

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