――3日目、4日目、5日目。
なにもしなくても、日々はあっという間に、何事も起きていないかのように、過ぎて行く。
そして僕とノアちゃんも、いつも通りの毎日を過ごしていた。
朝起きて、学校に行って、授業を受けて、少し部室に顔を出して帰って来る。お菓子を作ってノアちゃんと食べながら、学校であったことを報告する。
そんな穏やかで平和な毎日。
でもノアちゃんも僕も、あかねさんの病室で話したことについては、一言も口にしなかった。
僕たちは無言の取り決めでも交わしたように、二人ともその話だけは、避けていた。
ユニティと一緒に行きたかったら、行けばいいし、このままが良ければ、このままでいい。行きたかったら、ノアちゃんも一緒に、行けばいい。
あかねさんは、どんなつもりであんなこと、言ったんだろう。
いくら考えても、分からなかった。
ノアちゃんも、そのことを考えていないわけではないはずだ。僕が学校から帰ったらじっと座りこんで声を掛けるまで気が付かないこともあるし、かと思えば、妙に明るく振る舞ったりすることもある。それはきっと、僕に気を使っているのかもしれないし、僕の選択を知りたくて、でも我慢しているのかもしれない。
でも僕はなにも決めることが出来ないままでいる。
僕が綾野さんに協力したら、もしかしたら大勢の命を救うことができるかもしれない。
でも。
輪っかを足していったら、どうなる?
リーさんの言葉が蘇る。
綾野さんは、すべての運命を書き換えて、すべての悲劇を回避すると言っていた。でもそれはもしかして、世界のバランスを崩してしまう、危険なことなんじゃないだろうか?
最初は大したことのない違い、例えば角度が一度違っただけでも、先に進めばそれは取り返しのつかないズレになる。
綾野さんがしようとしているのは、そういうことなんじゃないのか?
でも。
もしも、僕の身の回りの人に災いがやってくるとしたら。
大事な人を2人同時に失った綾野さん。僕だって肉親や近しい人を失う運命を知ることができたら、きっとそれを書き換えたいと願うだろう。
ちはるは相変わらず学校を休んでいる。毎朝ドアの前に行って、声を掛けているけれど、なにも言葉は帰ってこない。食事を部屋の前に持っていっても、ほとんど食べないで残してしまうと、さすがに奈々さんも心配そうな表情を浮かべていた。
僕には想像することしかできないけれど、きっと、ちはるはすごく怖い思いをしたんだろう。当り前だ。女の子が、いきなり男に襲われて、髪の毛を切られて……。学校に行くどころか、部屋から出れなくなったとしても、ちっとも不思議じゃない。僕だってそんな目に遭ったら、同じように引きこもってしまうかもしれない。
でも、あらかじめ何が起きるのか分かったら、そしてそれを書き換えることができれば……。
授業中も、友達としゃべっているときも、ご飯を食べていても、ずっとこの繰り返しを考えていて、上の空だった。
誰かに相談したくても、相談できる人はいない。
岩田くんは2、3度、家を尋ねて来てくれたけど、こんな話はできない。
いきなりいなくなったりした僕のことを岩田くんは心配してくれたけれど、なにがあったのかは話せないといい続ける僕を見て、やがて怒り、最後はため息をついて、帰って行った。
そして、僕が友達を傷つけている間にも、綾野さんとの約束の期限は、迫っていた。
つづく