3日ぶりに帰った家は、当り前だけど、ほとんど何も変わっていなかった。僕が正木さんたちに連れて行かれそうになったときのまま、リビングの調度は少しだけ乱れて、台所のシンクには使い終わったコップが置いてあって、洗濯かごには血のついた制服が放り込んであった。
「カメラも盗聴器も、付いてないです」
一通り、家の中を調べたノアちゃんが言った。
綾野さんが言ったことは、本当だったらしい。
「今頃、ソサエティの作戦局では統括官代行が行っていた不正な活動の証拠が見つかってることでしょう。あなたたちを強引に確保しようとした痕跡も明らかになる。たぶん、今度代行に就任するのは、もっと穏健な人。先輩たちは、今まで通り、普通に暮らせます」
相変わらず、人形のようになったままの正木さんの運転する車で僕たちを家まで送り届ける途中に、綾野さんはそう教えてくれた。
「もし、僕が綾野さんに協力しないって言ったら、綾野さんは……?」
問いかけともいえない問いかけに、綾野さんはただ、無言で首を振るだけだった。
結局、綾野さんがそれから口を開くことは、なかった。
「少し、ゆっくり休んだほうが、いいです」
久しぶりに2人でリビングのソファに座ってそう言ったノアちゃんの意見に、僕も賛成だった。
ノアちゃんの前では口には出さなかったけれど、頭も身体も、くたくたに疲れ切っていた。
今までだって、爆発だの発砲だの拉致だの、普通の高校生とは無縁の出来事に巻き込まれたことは、何度かあった。もちろん、そのときもわけがわからなくてこんがらがって大変な思いをしたけれど、でも今回は、そのときとは全然違う。
大事な人が命の危険にさらされて、今まで信じていたことが覆されて、幼馴染みが襲われて、目の前で人の命が消えた。そしてなによりも、僕自身に決断が迫られている。
深く考えまいとしていたことが、家に帰ったことで気が緩んだのか、次々と目の前に蘇る。締め付けられるように、胸が苦しい。
ユニティに協力しないときは、大事なものを失う覚悟をしろと、綾野さんは言った。
あれは一体、どういう意味なのだろう。もし協力しなかったとしたら、どうなるのだろう。もし僕が協力したら、ノアちゃんはどうするのだろう。
綾野さんはソサエティには新しい統括官代行の人がやって来ると言っていた。その人は穏健な人で、強引に僕たちを連れ去って、実験材料にするようなことはないだろうとも。
これからどうしたらいいんだろう?
残りも少ないけれど、今日一日ぐらいは、なにも考えずにゆっくりと眠りたかった。
だから僕は風呂にも入らず、ベッドに入って目を閉じた。けれど、慣れ親しんだはずのその場所も、この夜に限っては、なんだか妙によそよそしかった。
つづく