運転席から降りてきた人は、今日もいつもと同じスリーピースに身を固めて、きっちりとオールバックに髪の毛を撫でつけている。いつもと違うところと言えば、大男たちを従えていないことぐらいだろうか。
正木さんは僕たちのことを冷たい目で一瞥した後、また露骨な舌打ちをした。
どういう経緯で正木さんがここに来たのかは分からない。部下に調べさせたのか、あるいはリーさんが伝えたのか。なにも言ってなかったけれども、やっぱりリーさんも僕たちを使って1919年の再現を行うことに賛成してたのか。だから僕たちが爆発に巻き込まれないようにしてくれたのかな……。
もう、どうとでもなれという気分だった。
やっぱりソサエティからは逃げられない。リーさんだけでなく、腹話術師さんも僕たちのことを見つけられたんだ。僕はごく普通の高校生で、ノアちゃんも訓練されているとはいえ、僕と同じぐらいの歳の女の子で、そんな二人が、そんな組織から逃げられるわけがない。
これ以上、どうしようもないんだ。
同じように思っているのか、逃げ道を探してか、一度は左右を見回したノアちゃんも、もう今では、ただ僕の右の袖をぎゅっと握ったまま、
「お前たち、どういう」
正木さんが苛立ったように口を開いた。今は嫌悪感を隠そうともしない。
最初から、この人がどうして、ノアちゃんを見るときに、あんなに嫌そうな表情をしていたのか、なんとなく分かる気がした。
ノアちゃんは実験のために作られた子供で、子供の頃から色々なものを刷り込まれて育てられた。正木さんは、そんなノアちゃんを気持ち悪い存在だと思っていたのかも知れない。自分と異なるもの、理解を越えるものに嫌悪感を覚える人たちがいるのは知っている。そういう存在だからこそ、実験に使ってもいいと思っているのだろう。
でも、そんなの、ノアちゃんのせいなんかじゃないのに……。
心の中にじわじわと反発が起きたとき、僕は気が付いた。
「……?」
正木さんは口を開きかけたまま、止まっていた。何を言おうかと考えているとか、言いたいことがたくさんありすぎて言葉に詰まってしまったとかじゃない。
正木さんは、誰かにポーズボタンを押されたみたいに、口を開いたままで、静止していたのだ。
再び、かちゃ、と自動車の後部ドアが開く。シートが邪魔になって僕の場所からは見えなかったけれど、正木さん以外の、誰かが乗っていたようだ。
いつもの、大男の2人組……?
いや、そんなはずはない。だって、正木さんのほうが偉いんだったら、大男のどちらかが運転するはずで……。
そして、降りてきた人を見て、僕は再び自分の目を疑った。
グレーのジャケットにチェックのスカート。誰が見てもそこそこに見えると評判の、ウチの制服。でもそれを着ていた女の子は、そこそこどころじゃない、まちがいなく、かなり可愛い部類の女の子で……。
「ごきげんよう、野島先輩」
しとやかに頭を下げて、綾野さんは言った。
つづく