『回る回る運命の輪回る3 君と僕と、未来の世界』23話

リビングに戻ると、テレビがつけっ放しになっていたことに気がついた。
画面を見て、思わず苦笑する。
『じゃあ、次は、お注射かなあ?』
いつの間にそういう展開になったのか、画面の中のあかねさんは、ナースルックになっていた。とはいっても、たぶん日本中の病院を探しても、こんなナースは一人もいないだろう。
上着はぴったぴただし、スカートはやたらと短くて、網タイツを止めているガーターベルトがちらりとのぞいている。
『どこが痛むのお? ほおら、痛いの痛いの、飛んでいけっ!』

……こういうの、流行ってるのか?
半ばあきれながら、リモコンの停止ボタンを押そうとしたときだった。
『とか言うのは、浩平くんは好きかなあ?』
(僕はそんなにマニアックじゃ、ありませんよ……)
って。
「え?」
それが変だってことに気がつくのに、しばらく時間が掛かった。
『というわけで、最後まで見てくれて、ありがとう! ここからは、あかねさんの、特典映像のコーナーでーす!』
聞き違えだったのか? 今、確かに、「浩平くん」って言ったよな? これ、市販のDVDでしょ? だったらなんで、僕の名前を……?
『このDVDが浩平くんの手元に届いてるってことは、たぶんちょこっと、あかねさんややこしいことになってるってことだと思うのねえ? どお? あってる?』

一体、なんなんだ?
僕は思わず、食い入るように画面を見つめた。
『万一あかねさんになにかあったときには、これが浩平くんのとこに自動的に発送されるように、手配しといたからさあ。ね、なんだかこういうの、秘密組織っぽいでしょ?』
あかねさんは、うふふ、とチャーミングな笑顔を浮かべる。
『正直、迷ったんだけどねえ? やっぱり浩平くんも本当のこと、知っておいたほうがいいかなあって思ってさあ。だって、浩平くんとノア、知り合ってどれぐらい経つ? そんなに長い時間じゃないけど、色々あったし、お互いのこと大事に思うには、十分な時間でしょ? もちろん、二人の性格とかしっかり分析したうえでマッチングしたんだから、当然っちゃ当然なんだけど』

マッチング?
さっきの腹話術師さんの言葉が蘇る。
僕とノアちゃんの出会いは仕組まれたものだったと語った腹話術師さん。
『あ、そこにノア、いないよね? たぶん、夜中に自分の部屋でこっそり見てると思ってるんだけど、あ、もしかしてムラムラ中だったら、こんな話して、ごめんね? 今から結構大事な話、するからさ。別にノアに聞かせたくないってわけじゃないんだけど、やっぱりちょっと、ショック受けるかも知れないし』
あかねさんも、そのことを知っていたんだろうか? あかねさんはソサエティの中でもかなり高い地位にいた人だ。だったら、もしかして、全部を仕組んだのは、あかねさん……?

僕が思わず拳を握りしめたときだった。
玄関のドアが乱暴に開く音がした。
岩田くん? なにか忘れ物して、取りに戻ってきた?
僕は反射的にリモコンの停止ボタンを押してDVDをデッキから取り出す。なんだか見られてはいけない気がして、DVDをケースに収めて、さらに着ていたシャツの中に隠す。

でも、どかどかと足音を立てて入って来たのは、岩田くんではなかった。
「……正木さん?」
正木さんは、いつもと同じ、スリーピースを着込んで髪をしっかりセットしていた。ただ、いつもとちがうのは、その後ろに、5、6人の男が控えていることだった。
「野島くん、我々に同行願う」
正木さんは冷たい声で言った。
「君には〈ユニティ〉の幹部と接触して、ソサエティの機密を漏洩した嫌疑が掛けられている。その件で尋問を行いたい」
「ユニティの幹部……?」
腹話術師さんは僕についている警護の人には暗示を掛けているから大丈夫と言ってたけれど、正木さんには通用しなかったのか?

僕の顔を見ていた正木さんは、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
「その顔を見ると心当りがあるようだな」
「僕……、そんな、機密の漏洩なんて……」
「釈明は後で聞こう」
そう言って目で合図を送ると、後ろに控えていた男が二人前に出て、僕の両側に立った。ぐっと強い力で両腕を掴まれる。
「痛ッ……!」
さっきハサミで切られた傷がずきんと痛んで僕は思わず声を上げたけれど、でも男たちはそんなことを一向に気にすることもなく、僕の身体を引きずり始める。
「ちょっと、待ってください……!」
身体をよじらせて精一杯の抵抗を試みたけれど、でも力で敵うはずがない。
「さ、乗るんだ」
無理やり玄関の外に引きずり出されて、家の前に止まっていた大型のワンボックスカーに押し込められそうになったときだ。

ワンボックスカーの前方で、ぎゅるぎゅるっ、とタイヤが鳴る音が聞こえた。
全員の視線がそっちに向かって、そして、凍りついた。
「うわあ!」
「危ない!」
「離れろ!」
がしゃんとガラスの砕ける音と、鈍い衝突音。同時に僕の両腕に掛かっていた強い力が緩んで、僕は飛び散るガラスから顔面をかばった。
目の前のワンボックスカーの前半分が、ひしゃげていた。その前方にいた黒い車が突然、猛スピードでバックして体当たりを食らわせたからだ。黒い車は空間を作るようにほんのわずか前進すると、タイヤを鳴らして再び車体を食い込ませる。再び、ガラスが砕ける激しい音がした。今ではワンボックスカーは、ぐしゃりと前面をへこませて、すべてのガラスは粉々になっている。見たところ普通の乗用車にしか見えない黒い車は後ろのトランクを半分潰しながらも、それでもまた、

――ドアが開く。なにかが転がる。銀色の筒。轟音。耳が痛む。光が目を焼く――

僕は咄嗟にしゃがみこんで、ぎゅっと硬く目をつぶり、両耳を押さえた。その直後、地鳴りのような振動が身体を揺らした。
後ろで男たちの呻き声が聞こえる。
「乗れ!」
黒い車のドアから男が身を乗り出して叫んだ。
ほんの僅かに躊躇したけれど、でも僕は立ち上がり、黒い車に飛び込んだ。

                                 つづく

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