8月某日 仕事道具

仕事道具というものに憧れがある。
小説家の仕事道具といえば、思いつくのが万年筆とか原稿用紙だろう。ただ、自分の名前が入った高級な原稿用紙でも、チラシの裏でも実は大差がないし、もっといえば手書きで原稿を書いている人は少なく、パソコンとキーボードがほとんどだ。まあキーボードの種類も様々だし、ポメラだという人もいるだろうし、ワープロソフトもワードだとか、一太郎だとか、あるいはデザインソフトで書いているとかいう人もいるので、そこら辺が仕事道具と言えなくもないが、どっちにしても、モノとしてはあまり面白くない。

理想の仕事道具といえば、やはり大工さんや電気工事の人が持っているような手提げの箱である。それは三段ぐらいの手頃な大きさで、中には、一目で用途が分かるものから、一体何に使うのか素人目にはまったく分からないものまで、手入れと整理の行き届いた状態で詰まっている。

よく使うものはすぐに取り出せる場所にあり、あまり使われないものは、箱の底のほうに眠っている。昼行灯のような、出番の少ないそれは、しかしここ一番で登場すると、あっという間に事態を打開してくれる。そしてまた箱の底に帰り、次の出番を待つ。格好いい。一方、普段よく使われるものは、手垢がつき、汚れて、少しずつ磨り減ったりしながら、どんどん使いやすい、手に馴染んだものになっていく。

そこにはユニクロGU的なものが入り込む余地はない。きちんとした品質のもの、きちんとした値段のもの、長く使われるものだけが収まっている。そういう自分だけの仕事道具が欲しい。そういうものがあれば、よい小説が書けるのではないか、と思う。まあ、そんなことはないだろうけれど。


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